第5回「瀬戸際」 | ナノ



「名前!邪魔だ!!」

「引っ込んでいろ。怪我するぞ」

「うわぁッご、ごめん……!」

乱暴に襟首を掴まれてグイッと船室へ続く扉の方に投げ飛ばされた。
ふぎゃ、と小さくあげた悲鳴を拾ってくれる人は少数だ。

「名前さん、大丈夫すか?」

「う、うん……」

「名前さんドジなんすから、今回はちゃんと隠れてて下さいよ〜?」

「あー、この前は焦ったな。名前さん、敵に見つかって人質にされて……」

「キッドの頭が怒り狂ってたっけなぁ」

声をかけてくれる人たちは、すぐに戦いの渦中へ去ってしまう。
笑顔で皆、争いに身を投じていく。
私はそんな彼らの背中を眺めながら、どうか死なないようにと願うばかり。

「ハハハハハ!弱い奴に興味ねぇんだよ!!」

中でも一番暴れているのは、私の船長だった。
真っ赤な髪が彼の動きに合わせて揺れ動く。
まるで炎のようだ。

「キッド!無茶するなよ!」

そんな船長の周りで戦う怪しげなマスクを被った男は、副船長である。
恐ろしく強い2人だから心配なんてするだけ無駄だと言われるかもしれないけれど、私には祈ることしかできないのだからせめてそれだけはさせて欲しい。

「おい名前!さっさと引っ込め!!」

「ッ、は、はいィ!!」

ボーッと皆が戦う姿を眺めていれば、遠くにいる筈の船長の声が私を突き動かした。
飛び跳ねるように私は扉を潜って、船内のなるべく安全な所へと避難する。
キッド船長の背中にはもう一組の目がついているのではなかろうか。
そうでなければ戦闘中に私に気が付かないだろう。
喧騒から遠ざかるように、私は静かに息を潜ませながら走った。


XXX


私とキッドの出会いは、海賊らしくやはり海の上だった。
とある島を観光していた時、南の海で暴れている悪名轟く海賊に捕えられた。
両手両足を縛られて適当な倉庫に転がされた。
私の命もここまでだ、無残に殺されるかヒューマンショップに売り渡されて終了だと半ば諦めていた時だった。

「船長!前方より海賊船が向かってきます!」

「迎え撃てー!!」

偶然、たまたま、運命などでは決してないあの日、キッドが金品を略奪しようとこの船を襲ったのだ。
鳴り響く銃声、轟く爆音、衝突する金属音。
視界が不明瞭な私は音だけを頼りに情報収集をするしかなかった。

「なっ、なんだ、貴様らはァ!!」

「何って、見て分かんだろ?なぁ、キラー?」

「そうだな。それが分からないという事は……」

「よっぽど弱い奴ってことだな」

「違いない」

きっと圧倒的な強さだったのだろう。
喧騒が長く続くことは無かった。
けれどこの混乱に紛れ込むことができれば逃げられるのでは、と一縷の望みが脳裏を過った。
まだ誰も船内に踏み入った雰囲気は感じ取れない。
私は、希望に縋った。
どうにか両手を縛る縄を解こうと、痛みを我慢しながら手を捻ってみる。

「いッ……!」

一向に縄が手から離れる気がしない。
寧ろ肉に食い込んでいく。
痛みに耐え、汗が滲むそんな時、船板を踏み締める音が聞こえてきた。
ギシ、ギシ。

「……や、ばい……!」

誰だ。
足音だけでは誰がやって来るのか分からなかった。
唯ひたすら、手に食い込んだ縄を解こうと躍起になった。
もがき足掻いてみたのだが、足音が近づいてくるのに反比例するかのように私の手首の縄は解けない。
両足首も同様に縛られている為、立つことさえままならない。
今の私はまるで芋虫のようだろう。

「死、にたく、ないんだから……!」

せっかく希望が見えてきたのに、また諦めたくはなかった。
聞こえてくる足音の正体が誰であろうと、生きる為に抗おうと私はもがき続けた。

「海に出て、航海するんだ……!」

どんな船でもいい。
私は私の航海術で海を航るのが、幼い頃からの夢だった。
時代に影響されたのか、本に影響されたのか、今はもう定かでは無いが、私の夢は確かだった。

「−−ッ!」

ガチャ、と扉の開閉音がした。
顔を上げれば、逆光により誰だか分からなかった。
けれどとても眩しく感じたのだ。
光を背負って、あの人は確かに私の先に立っていた。


XXX


「……い、おい。おい、名前!」

「うッ……」

強く肩を揺すぶられた。
なんだか頭もズキズキする。
目を擦って辺りを見回せば、私の目の前に凶悪な顔面が迫っていた。

「ぎゃあああ!」

「うっせぇ!なに叫んでやがる!!」

「痛いッ!」

泣き叫べばデコピンが飛んできた。
負傷した額を抑えて涙ぐみながら正面を見直せば、我らがキャプテン・キッドが腰を落として私を睨み付けていた。
恐ろしい顔面だと思うけれど、口には出さない。

「キッド……」

「ったく……テメェはまたこんな埃くせぇ倉庫にいやがって……」

「……終わった?怪我、してない?」

「あ?無傷だわ」

「そう……」

彼の口から出た言葉にホッと息を吐いた。
私はいつだって彼らの戦闘を傍から祈らなければいけない立場なのだ。
海賊船に乗っているというのに、情けない。

「……そろそろ船動かすぞ。指示出せよ、航海士」

仏頂面のキッドは私の頭をくしゃりと撫で回した後、立ち上がった。
真っ赤なコートが揺れた。
見上げた先のキッドがニヤリと笑んだ。
この人との出会いを思い出す。
腕に付けている記録指針ログポースが揺れた。

「……ねぇ、キャプテン・キッド」

「あ?」

私を拾い上げてくれたのは、単なる同情か、情けか。
今となってはどちらでも構わない。
キッドを見上げたまま私はそっと口を開く。

「私、まだキッドの船に乗っててもいいのかな?」

「……は?」

「航海士って言っても、私より腕のいい人なんか世界中にいると思うし、戦闘で役に立たない私なんかよりもっと、闘える航海士、いるんじゃないかなって、思うの」

私はいつキッドに「役立たず」と言われ捨てられるか分からない。
私の生きる希望はキッドだけど、私に絶望を与えることが出来るのも、キッドなのだ。
時々、終わりを考えては眠れない夜がある。

「皆もきっと、私なんかよりもっと、闘える人の方が……」

「それはテメェの本心か、名前」

「……え?」

キッドが静かに怒っている。
いつも直情的で感情的なキッドは怒りを素直に表に出す人なのに、今私の目の前にいる人は本当にキッドなのだろうか。

「……降りたくなったか、俺の船から」

俯く、というより私を見下ろす形に近い。
キッドの表情は私からはよく見える。
あぁ、そういえばこんな話をしたのは乗船してから初めてだった。
こんなにも弱々しい表情のキッドに、私はなんと言葉を返したらいいのだろうか。

「違うよキッド!そんなんじゃあ……!」

「……違うってんなら」

「ッ」

迫り来るキッドの大きな右手が、そっと私の視界を覆った。
じんわりと温かい掌は、暗闇に対する恐怖を和らげる。

「黙って俺について来い。名前」

「……」

「文句があるなら言え。耳ぐらいなら貸してやる」

「……ッ」

「それと、二度と下らねぇことで悩むな」

すっと、私の視界には光が入る。
目の前で笑うのはやっぱりキッドで、私はいつの間にか目に涙を溜めていた。
潤む視界のキッドが眩しい。
目を細めれば、溜まった涙が溢れ出て頬を伝った。

「うおッ、な、泣くな!名前!」

「き、キッドォォォ……!!」

「おい!……クソッ、キラー!!」

出会ったあの日からキッドは私の希望だった。
太陽だった。
何を下らないことで悩んでいたんだろう。
決壊したダムのように涙は止まらない。
勢いのままキッドに抱き着いた。
コートの下には何も身に付けていないキッドの上半身を私の涙で濡らす。
鼻水は付けないから許して欲しい。

「だぁぁ!名前!いい加減離せ!」

「ギッドォォォ!」

「クソッ、キラー!何処だ!!?」

キッドは私を落とさないように抱き締めたまま、キラーを探して船内を走り回る。
擦れ違う皆に微笑まれながら、私はただキッドの腕に抱かれて泣く。
もう悩まない。
私の太陽を信じて行く。


「うわぁぁぁ……あ、風が変わった」

「あ!?」

「キッド嵐!前方から嵐が来る!」

「……本当か?」

「旋回!180度旋回ぃー!」

「ッ、野郎……おいキラー!聞いてただろッ!」

「はァ、お前らが揃うと喧しいな……」

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