私が生涯、貴方に望むことはたったひとつだけだった。
*
「___名前」
私だけのお城、私だけの宝石、私だけの華やかなドレス、私だけの美味しいご馳走。貴方は何だって私に与えてくれた。不自由なんてない、私だけの楽園。
「名前」
その優しい指が頬を撫でる。甘さを孕んだ声が耳朶をくすぐった。額への口づけに、私は身を寄せることで応えた。
いつだって残酷で、何人も不幸にしてきたという目の前のサングラス越しの男の瞳が私だけを写す。顎をすくわれ、目を閉じれば柔らかな口づけが始まった。
私に触れるその指が、何度人を殺したのだろう。
私の名を呼ぶその声が、どれだけの人を不幸にしたのだろう。
情熱の国と呼ばれる彼の国が、彼の陰謀によって海賊の国となったことを、私は知っている。
かつてこの国を治めた王が。その一族の人々が。
この男を憎んでいることを、私は知っている。
口づけの合間に、また貴方が私の名を呼んだ。それはどこか、縋るような、置いていかれてひとりぼっちになってしまった子供の悲鳴にも聞こえた。だから私はその度に貴方の頭を抱き寄せて宥めるように貴方の名を呼ぶ。
「なぁに?ドフィ」
___ここは鳥籠だ。私のためだけに用意された、飼い殺しにされるカナリアの終の住処だ。帰る場所はいつの日だったか、彼が消してしまった。
ここを出ることを許されない私は、今日も明日も、これから先もずっと、貴方だけの世界で貴方だけへ愛を謳う。でも、それでいい。
「あいしてる、ドフィ」
盲目な愛だと笑えばいい。歪んでいると嘆けばいい。
それでも間違いなく彼も私も幸福なのだから。だから私はいつか、終わりを願う。この幸福な世界だけで私は息をしたい。
___ねぇ、ドフィ。きっといつか、この国に英雄は現れる。いつか見た物語のように悪い敵を、貴方を倒すために。そうして私たちだけの楽園は、泡のように消えてしまうのだと思う。
だから、そのときは。
偽善を施す正義の味方でも、貴方を倒す英雄でもなくて。
楽にしないでほしいの。最期まで貴方の存在を間近で感じていられるように。
貴方の手で、ころしてね。
風切羽根を奪われた鳥籠のカナリアは、全てを望まない。
貴方の世界で生きたい。
貴方の世界で終わりたい。
そして、願わくば。
貴方の手で、この物語に幕引きを。
___私が生涯、貴方に望むことはたったひとつ、それだけ。
back