▼ 風呂上がり
「風呂上がりにそのままマスクすんの辞めなって言ってんじゃん」
部屋に入ってきた男に呆れた声が出た。
カビる、とリブはキラーのマスクに手をかける。しかしその手がマスクを取ることはなく、つまり手は払われて拒否された。脱ぎたくないと言う意思表示。仕方が無いとリブは立ち上がり自室の内鍵をかけてから、今度は半ば強引にもう一度背中からマスクを奪い取った。
背中の髪はしっとりと濡れていて、奪い取った際に水滴が散るわ、リブの服にも水分が移るわ、そもそも床に不規則なドット模様を描いているわで乾かしていないにも程がある。この船では几帳面な部類に入るこの男にしては珍しい。
「机に顔伏してれば」
狭い室内だ。数歩歩けば直ぐに机があるし、ベッドも直ぐに倒れ込める位置にある。キラーは促されるままに椅子に腰掛けて顔を隠すように突っ伏した。
キラーは何かと感情を溜め込む。人の、キッドの隣に立って支えるのが似合う類ではあるけれどそれにしても禁欲的にも程がある。それが素なら特に言うことは無いのだが、それが負担ならもう少し感情的になれば早いのに。
部屋に置いていたタオルで金糸を挟む。濡れてつやつやと輝いて、跳ねが多少落ち着いたそれは潮風のせいで痛みきっている。これは次の島で美容室にぶち込むのもありだろう。比較的香りの少ないトリートメントの瓶を逆さにしてざっくりと毛玉に塗す。頭皮に触れたのかぴくりと一瞬揺れるが、それだけ。身を任せて大人しくしている。
ゴーーーーと風邪を送る音が狭い室内に響く。素直に男は片付けられた作業机に突っ伏したまま。これを相手にドライヤーをかける作業はまるで盛大に水濡れした起毛コートを乾かすのにも近い。ブラシで梳かしては風を当てて、梳かしては風を当てて。わしゃわしゃとかき混ぜては整える。ついでにマスクの内側の水分も乾かした。カビ臭さはないものの少し体臭がするのでこれは預かることにする。
「キラー?」
終わったよ、と声をかけても微動だにしないまま。耳をすませば寝息が聞こえてきて、どうやら寝てしまったようだ。仕方が無いので手早く隣の衣装部屋からキラーの着替えとマスクの予備を取ってくる。髪の水分でTシャツがびしょ濡れなのだ。自分よりも一回り二回りと大きい男を着替えさせてベッドへと放り投げる。全く起きなかった辺り熟睡していた。
そして空いたスペース、または開けたスペースに自分の身体を潜り込ませれば男の鼓動が聞こえてくる。
「おやすみ」
返事はない。しかし問題も無い。言って満足したのかリブもまた夢の世界へ旅立って行った。
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