▼ 回収
煙草の煙なのかそれとも他の何かなのか天井は煤けていた。柱には銃弾の跡に刀傷が目立つ。壁には手配書が乱雑に貼り付けられ、あるものは切り裂かれ、あるものは破り取られて四隅だけが張り付いている。入口から見て正面のカウンターがあり、様々な形の酒瓶が並ぶ。バーテンダーは静かにグラスを磨いていた。テーブルや椅子の類は外観、内装に比べて新しい。しかしそれを使う人間はそんな事を気にも止めず、酒を零し、食べ物を零し、煙草の灰を落とし、血を落としていく。アルコールと煙草と体臭と香水、ついでに食事の入り交じった臭いがする。
つまりは、典型的な安い酒場だった。
リブも海賊、札付のお尋ね者なので小綺麗な店よりは似合と言えば似合いだが、あまりに下卑た店なので酒を楽しむ気にはなれない。キッド海賊団も臭わない訳では無いけれど、一定周期で服は強制的に洗濯させているし、臭い汚いと言えば素直に風呂に入るからここまでじゃない。
こっそりと目の前のファーコートの匂いを嗅ぐ。今はちゃんとシャボンと潮の匂いがしていた。しかし長くこの空間にいたら臭いが移りそうだ。…つまりは早く買い物を終わらせてここを出たい。
「酒が欲しいんだが、樽でいいのはあるか」
「ブランデーとシェリーのいいのが入ってるぞ」
「ならそれと……このリストのは置いてるか?」
キッドがバーテンダーに注文する。高い酒は置いていないようだがある程度のものは揃いそうだ。飯と酒と戦闘、時々音楽、に女を娯楽とする面子が多いので一定以上の量も質も欲しい。別の店、最悪次の島まで待たずに補給が出来そうなのは良かったと言っていい。
「なんだ兄さん見かけねぇ顔だなァ?そんなに買い込んで直ぐにでも発つ気か?ゆっくりしていけばいいじゃねぇか」
そこに1人の男が絡んでくる。裸コートに三角帽子、腰には拳銃という、見るからにわかりやすい同業者だった。
ここに来るまでに売春宿に賭場、や見世物小屋なんかも見かけた。普通の島では裏町にあるようなものがあまりに堂々と立ち並ぶ辺り、この島がどういう島なのかが現れている。
「…この島のログは貯まるまでそんなにかかんのか」
「いやァ?2日弱で貯まるがよ、急ぎの旅か?何だ。何か目的でもあんのかい?」
別の所では、キツめの香水に最早服なのか端切れなのかが微妙な布を纏った女達が男に促されて席を立った。こちらも純真無垢を語るほど澄んだ瞳をしているつもりはないが、それでもこの酒場に集まっている連中の目は大分濁っている。
嫌な予感がしてリブはキッドの名を呼ぶが、遅かった。
「『ひとつなぎの大秘宝』」
「ワンピー…………ぶはっ!!」
絡んできた酔っ払いが口を閉ざす。そして一瞬の沈黙の後にげらげらと笑いだし、どんどんと酒場中に伝染していった。
ぶははははははははははは
あっはっはっはっはっは
ひぃーーーーーーーっっっっ
ぎゃははははははははは
ふはっ……はっはっは…ふはっ
思わずため息が盛れる。キッドもいちいち本音を言ってやる必要もないと言うのに、正直がすぎる。潮の香りもさせなくなった黴共だ。まぁ、馬鹿には力で示してやるのが手っ取り早いのも真実ではあるのだが。
リブはカウンターを飛び越え逃げるバーテンダーの首根っこを掴む。なかなかに危機察知能力に優れた男だったが、身体能力が足りなかった。
「明日酒を取りに来る。…色々とぶち壊すだろうから前金」
麻袋の財布から札束を二つ、丁寧に握らせる。バーテンダーは緊張した面持ちではあったがパニックにもならずに頷く。その辺りこの手の商売に慣れていて、非常に話の早い。売り手が居なきゃ物は手に入らない。だから荒れくれ者であっても直接危害は加えないし金も払う。少なくともキッド海賊団は基本的に民間人からの略奪はしない。
カタカタと包丁やアイスピック、ナイフなどが動き出して来た。この後どうなるかなんて察するまでもない…この場にいてもリブにやる事は無い為そのまま裏口から外へ出た。酒場にいた顔を何となく思い浮かべて、手配書と一致する顔がいくつかあったな、と足を動かした。
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