▼ おそろい
ドクン、ドクンと胸が高鳴るのを感じる。
「買ってしまった…」
震える手で鋏を手に取る。ホーミーズは宿っていない。お喋り好きな彼らは秘密を秘密のままにしておいてくれない。だから開封場所も他に誰も何も居ない夢主の部屋。
ぱちん、と鋏が鳴ってタグが落ちる。たかが紙片だけれどそれさえ捨てるのが惜しくてコレクションケースに入れる。
…うん、絶対に彼には見せられない。
「ふああぁぁ……本物だぁあ……」
やわらかで真白のファーを頬に当てると思わず夢主の口から声が漏れる。黒地の布に白のファーが取り付けられた細長いマフラー。まぁ本物だろう。なんと言ってもカタクリファンクラブ製。カタクリの服を仕立てている職人に、同じ材料で同じ製法で作られたものだ。…まぁ一般人向けと言うことで長さだけは本物よりも短い。5m超えの巨体の持ち主は万国広しとはいえそう多くはない。
興奮のままに首に巻き付ける。本家のように4周5周と巻き付けて、端は結んで、結び目が見えなくなるように隠す。するとその部分だけはカタクリそっくりになる。
「あったかい〜〜こんなにやわらかかったっけ……」
ファーの中に声が籠る。普段のカタクリはちゃんと声が通るように気をつけているのだろうと思うと、既に緩みきった頬が更に緩む。テンションが上がって鏡の前でキャアキャアとはしゃいでしまう。今この姿をブリュレに見られたら恥ずかしくてしばらく顔を合わせられる気がしないほどだ。それでもまだもう少しだけ、と鏡の前で浮かれてしまう。
…そう、浮かれていた。周りに対する注意が疎かになるほどに。
「…何をしている」
「キャアアアァ!!!」
鏡の奥に夫、カタクリの姿が見えた。鏡世界ではなく真後ろ、部屋の扉にもたれ掛かるように立っている。粗方だだ漏れの心の声を見聞色の覇気で拾ったのだろう。
いつ?いつから見られていた?いやいつからでもアウト。今が1番まずい。普段驚かせるのは私の方だけど逆の立場はこんなに心臓に悪かっただなんて。
「…これはどうした」
「……」
「…夢主」
「ファンクラブで販売されていたから買っちゃって…」
…安易にはしゃいでしまったけれど、カタクリにとってこれは見られたくないものを隠す鎧のようなものだから不快に思ったかもしれない。
そう後悔して俯いた瞬間大きな手が頬近くのファーを弄った。厚手のせいで温度は伝わってこない。
「揃えたいのなら普通に作らせればいいだろう」
嫌でなければおれのおさがりもやるか?などというカタクリに夢主は赤面してしまう。呆れたような、しかし穏やかな表情で頬を掻かれた。心配が杞憂に終わったのはいいが今度はギャップに心臓が持たない。
後日貰ったおさがりは少しだけ毛が固くなっていて、ほんのり甘い匂いがした。
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