待ち人は帝都にいる | ナノ
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▼ 紅茶の日

街灯が飲みに繰り出す人々を照らし出す時間。カランカラン、とラウ食堂のドアに付けられたベルが鳴った。

「ごめんなさい!今日はもうお終…あ」
「悪い。まだ早かったか?」

閉店時間後に店に入ってきた男はケーニッヒで、フロアの掃除をしていたテクラは思わずテーブルを拭く手を止める。時計を見てみればいつもなら掃除も全部終えて帰れる頃だ。彼も仕事から直で来たようでまだ軍服姿。わざわざ寄ってきてくれたケーニッヒを少しでも待たせまいとテクラは少しでも早く終わらそうと布巾を動かす手を早める。

「もう少しで終わるからちょっと待ってて、夕ご飯は食べてきた?」
「早めに食べちまったせいで小腹は空いてる」
「ふふ、分かった。あ、甘いものでもいい?」
「任せる」

布巾から箒に持ち替えて手際よく床を掃いていくテクラ。言葉の通りにすぐ終わりそうな様子でケーニッヒは邪魔にならないように壁際に避けて立つ。手持ち無沙汰で特に何もすることがなく壁に凭れて目を瞑る。いつもより仄かに甘い匂いがする気がした。ここは開店時間が終わったとはいえ、ここの食堂はいつも美味そうな匂いがする。小腹が空いていると言ったがそれ以上に食えるかもしれない。

掃除を終えてエプロンを外したテクラが紙袋を持って小走りで戻ってきた。甘い匂いの大元とはそれだったのか、今度はしっかりと感じることが出来る。

「お待たせ」
「ああ」
「これね、紅茶のシフォンケーキとトリュフチョコ。今日お店で出したんだけど作りすぎちゃってね」

聞く前にご機嫌な様子で話し出すテクラは先程までのしっかりとした姿とは逆にふわふわと緩んだ顔をしている。

「ハロウィン?だっけ、それ用か?」
「ううん。ハロウィンは昨日。今日は紅茶の日だから紅茶尽くしのメニューだったの」
「紅茶の日?初めて聞いたな」
「私も兄さんに教えてもらったの。由来はよく分からないんだけどね」

ああ…成程な。

テクラもそうだが兄のエリヤスも食べ物へ向ける熱がかなり大きい。しかもエリヤスは妙に博学かつ行動力があるので、帝国ではマイナーな物でも食べ物に関わるイベントがあればすぐ企画・実行してしまう。

「今少し食べても?」
「あれ、そんなにお腹空いてたの?」
「余りに美味そうな匂いなものでね」

袋を軽く開いて中を覗くと、丁度小さめにカットされたケーキが見えたのでそのうちの1つを食べる。…やはり美味い。

「おいしい?」
「ああ、美味いよ。君の作ったこのケーキで夜のお茶会と洒落こみましょうか、アリス?」
「残念だったな。それは俺が作ったやつだ」

テクラが作ったのはチョコの方だ、という声が聞こえる。ガクリ、と急に膝裏に打撃を与えられてよろけたケーニッヒが後ろを振り向く。お陰でテクラは赤面を見られずに済み、代わりに振り向いた先には腹が立つ程のいい笑顔を浮かべたエリヤスがいた。

「なぁ今どんな気分だ?可愛い可愛い俺の天使の手作りかと思えば同期野郎の手作りで、しかもキザったらしい台詞吐いた後で間違いを指摘されてどんな気持ちだ?」
「とりあえず『俺の天使』発言に突っ込むべきか?」

このシスコンは妹が絡むと非常にうざったい。この生き生きとした笑顔は台詞さえ違えば好青年そのものだと言うのに実に惜しい男だ。…いや、むしろ基本は好青年であるからこそこの位の欠点がないと帳尻が合わないのかもしれない。

「ねぇ兄さん、厨房の片付け終わったなら明日の用意できるだけしちゃいなよ、軍のお仕事もあるんでしょう?」

ひょい、と長身のケーニッヒの影から顔を出してテクラは言う。残念ながら過度の妹愛は基本受け流されている為あしらわれる事ばかりである。

先程までの笑顔から正論を言われ目を泳がせる姿のなんとわかりやすい事か。テクラが関わると本当にポンコツだなこいつは。軍内でのスマートさはどこへ消えた。

ケーニッヒはテクラに行くかと声をかけて手を取る。テクラは「兄さんまた明日ね、もうちょっとだけ頑張って」と言うのを忘れない。最愛の念押しされてはエリヤスには従う以外の選択肢が消えるのだ。



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