彼の幸せ4
そして車を走らせ兄の自宅へ到着すると
「おかえりなさい。お待ちしてました。
おや?美織さんもいらっしゃったんですね。
これなら食べ切れそうでよかったです」
扉を開けた先に出迎えてくれたのは、大学院生の沖矢昴…であり赤井秀一さん。
私は赤井秀一さんとしての彼とは面識はないに等しい。アメリカで蘭ちゃんと新一を保護する際に鉢合わせた事と、こちらであの事件の際に新一に巻き込まれた時くらい。
ただし、沖矢昴と赤井秀一がイコールで結ばれていることを私が知っていることは新一を始め、兄さんや義姉さんも知らないし、赤井秀一さんも知ってはいない。
「急にすいません沖矢さん。
私も準備手伝いますね」
「ありがとうございます。
おや?あなたは…」
「…オヒサシブリ。オキヤくん」
と無愛想に返答した松田。
「松田さん?でしたっけ?
美織さんをお送りに?」
「俺も呼ばれたんでね。迷惑だったか?」
「いいえそんな!
本当に作りすぎてしまったんですよ
助かります」
大げさに迷惑でないことをアピールする彼を横目に松田は肩を竦めた。
「ほらほら!玄関先で話してないで上がっちゃって〜!」
「松田くん、料理は沖矢くんと有希子と美織に任せて軽く飲まないか?」
「…ぜひ」
と、書斎の方へ消えていった。
「…じゃ、私は帰るから。
江戸川くんも、その姿を利用するのは大概にしなさいね」
「ぐっ…わぁってるよ!」
哀ちゃんは玄関へから博士の家へ帰っていった。
────書斎
「松田君と二人で飲むのは初めてかな」
「ええ。いつもは間に美織が居ましたし」
カランっとグラスに氷が入り、トクトクとボトルから空気を含んだような液体が注がれる音が書斎に響く。
「まぁ食事前だから本当に一杯だけにしようか」
「空きっ腹に酒は悪いですからね」
「…美織のことが好きかい?」
「っ!…ゲホッ…!い、いきなり何を…!」
突然の好きな相手の兄からの質問に動揺しつつも吹きそうになった高そうな酒をなんとか口の中に押しとどめ、焼けるように熱く感じつつ喉に通した。
「いやぁ、君を見てると有希子と結婚する前の私に似ていてね。
しかし、君たちは僕達のように障害があるわけじゃないにも関わらず、なんのアクションもないのが気になってね。
君があの子を気になってるのは高校の頃からだろう?兄としては中途半端などこの輩ともしれない男にあの子を渡すくらいなら君にもらってほしいんだがね」
穏やかに語る工藤優作はその声とは裏腹に、目だけは鋭く松田を見据えている。
当時から知っていたが、やはりこの男は年の離れた妹を相当可愛がっている。
と、松田は再認識した。
「…そうですね。簡単に手を出さないってより、手は出したいんですけどあっちがどこか一歩引いてるんですよね」
10年以上感じていた違和感を言及した。
なにも考えずにアタックしている訳じゃあない。
勿論、相手が嫌がり拒否するのなら手を引く。
本当に大切な相手ならば尚更だ。
「…あの子は昔からどこか達観していてね。
小学校でも子供を演じているようだったんだ。
それこそ『工藤美織』という役をね」
あの子は全くもって女優業は向いてない、と優作が苦笑した。
そこに
「出来たよーダイニングに来て〜」
と、当の本人が素知らぬ顔で呼びに部屋に来た。
「あぁ、今いくよ」
優作が返答すると、軽く頷き彼女は出ていった。
「さて、夕食だ。
松田くん。同じく困難な恋愛を勝ち取った先輩として助言しておこう。
チャンスは逃すな。素直にね」
ニコリと笑うと彼は出ていった。
「…逃がすな。素直に…な」
それが出来りゃ既に交際10年近い、と松田は自分に悪態をついた。
自分にしては彼女に気持ちは素直にストレートに伝えてる方だと。勿論、彼女に近づく男の牽制は「素直に」は含んでいない。
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