太宰バレンタイン
「っ……嘘でしょう?」
この時程、自分の料理スキルの低さを心底恨んだ。
明日はバレンタインだというのに。
さて、彼にどうするべきか……
早朝から本日の仕事を片付け午前中に失敗したチョコ菓子を上手く誤魔化せないか、うずまきで相談しようと思って早く出勤したのだ。
いつもより1時間半は早い。
それなのに。
「おはよう」
「っ、め、珍しく朝早いのね……」
「そうかな? 昨日から楽しみで寝られなくてね」
「遠足前の小学生かよ……」
「で、今の時間ならまだ誰もいないけれど?
夜の方がいいのかい?」
「なんの話?」
「なにって……今日は14日だよ?」
「そうね」
「ふぅん? なら、これは何?」
彼氏である太宰治からの尋問を躱していれば、彼が手にしているのは正しく失敗したチョコ菓子を簡単にラッピングした箱が握られている。
「スったわね!?」
「だって私へだろう?」
「違う!!」
「照れない照れない」
にっこりと笑顔を湛える太宰から本気で箱を取り返そうとしたら気分を害したのか、私を机に押し付け動きを封じる。
「何がそんなに不満なんだい?
君が持っていた箱はこれだけ。私じゃない誰かにこれをあげるというのかい?」
「違うってば!
なんでもないの! 離して!」
パッと離されると太宰が箱を開封していた。
「ちょっと!?」
「へぇ……」
焦げてしまったチョコ菓子が太宰の手の上に鎮座する。
「だ……から嫌なの……もうほんっとありえない最悪もう知らないそれ勝手に食べてろ!」
そうだ。
どうせこの男は多くの女から私の失敗菓子よりも美味しく豪華なチョコを受け取るのだろう。
私一人あげなかったところで特に何も無いんだし。結局付き合ってからも太宰のナンパ癖は無くなりもしないし、なんなら、私だってそのうちの一人で、今この菓子を奪ったのだって遊びのうちの一つなんだ。
「え……」
情けなくてか、悔しくてか、はたまた怒りからか子供のように大粒の涙が頬を伝う。
「本当に私への物じゃなかったのかい?」
少し驚いたかと思えば怪訝そうにも、しかし何処か不機嫌そうにそう問いかける太宰に苛立ちのゲージが天井に付いた。
「そうよあんたへのチョコだったけど!?
失敗したからうずまきで相談してちゃんとしたの出そうと思ってたの!
でももういい。どうせあんたはもっと良いものを貰うんだろうしもういらないし……!?」
私は目を疑った。
太宰は手の上のチョコ菓子をパクリと口に含んだのだ。
「う〜ん……まぁまぁかな……
見た目より不味くないよ」
「なんで食べたの……」
「なんでって……自分の愛する彼女の手作りチョコを意味のある日に貰って食べない男が存在すると思うかい?」
「だって……なら、手を加えてからでも「美味しいチョコを食べたいわけじゃない。私は君が私の為に作ってくれたチョコが欲しかっただけさ」……どうせ他の人にも……」
と言いかけた時、スっと太宰の目がひんやりと冷める。
「まぁ、これは私の日頃の行いが悪いからだね。
うん。それでは、じっくり分かってもらおうとしようじゃあないか」
「ちょ、待って!? まだ仕事終わってないんだけど!?」
にっこりと笑い私を抱き上げると廊下へ続く扉へ真っ直ぐと向かって行く。
ガチャっと扉を開けばその先には
「っ太宰に……? なんだ今日は二人ともえらく早い……」
「国木田くーん! 今日はちょっとお休みもらうね〜」
「はぁ!? 巫山戯るな! おい!」
───結局今日どころか翌日も仕事は休みです。
*
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