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優しい君が生まれた日

「あ、今日……」

「どうしたの?」

「あつにいの誕生日」

「へぇ〜
じゃあ明里ちゃん、私の誕生日は?」

「聞いたことないし興味も割と無い」

「ひーどーいー!」

「うるさい黙ってもう少しあつにいと谷崎さんから謙虚さ貰ってきて、爪の垢煎じて飲んできて」

「ふっ、仕方が無いね、そこまで云うのなら私が敦君を盛大に祝おうじゃないか!」

ガタンっと椅子を倒して勢いよく立ち上がった事で「うるさい!」と国木田がとうとう声を上げた。

「国木田くんだって新人君が勤めて初めての誕生日くらい祝ってあげようと思わないわけじゃないでしょー?
彼は孤児院だったのだからきっと誕生日を盛大に祝われたことなどないだろうしね、きっとそう」

「間違ってない」

「善は急げというよね?
全員、敦君がうずまきに来ないようにしておいてくれ給え!」

「……サボる気」

「はぁ、明里お前も行ってこい。太宰だけが行って仕事をせずにだらだらするよりも断然いい。金は気にしなくていい」

「……わかった」

国木田に見送られ明里はうずまきに降り、太宰のあとを追いかける。
うずまきのマスターは、お得意様だからと快く承諾し、誕生日コースなるものを作ったようでパーティー料理からケーキまでの準備を引き受けた。
明里と太宰はその食材の足りない分の買い出しと、店内の飾り付けに追われ、すべてが終わった頃には夕刻であった。

「さて、と、じゃあ呼んでくるから明里ちゃんはここにいてね」

「うん」

マスターは彼女にいつも通りの美味しいコーヒー太宰に煎れ、明里にオレンジジュースをいれて小休憩を促した後、太宰が出ていくのを見守った。

「おかわりいるかい?」

「いる」

─────────────────

店内には既に与謝野、国木田、谷崎、ナオミ、鏡花、乱歩に春野、賢治、更には福沢までも(明里が電話でお願いした)が居た。

「太宰さんが敦君を連れてくるんで扉が開いたらクラッカー鳴らして『誕生日おめでとう』ですからね」

「えーまだ食べちゃダメなの?」

「ダメ。今日の主役はあつにい。
鏡花おねえちゃん、乱歩さんが食べないように目を光らせておいて」

「夜叉が見てる」

「ちぇっ」

「あ、もう来るそうなんで、皆さん宜しくお願い致します」

中の様子が見えないよう普段は上げられているブラインドが下げられている。
しかし、中からは夕日の影で外に走る姿が綺麗に映し出されている。
バンッとけたたましい音を立てて開いた扉の先には汗を滲ませた少年、本日の主役が立っている。

「皆さん! 無事で───」

敦の言葉に被せるように多くの破裂音が店内に響いた。

「「「「「「「「「誕生日おめでとう」」」」」」」」」

「敦」「中島」「敦」「敦くん」「敦さん」「敦くん」「……敦……」「中島さん!」

「へ?」

敦は目を見開き、呆然と立ち尽くす。
背後からは「今日は5月5日。こどもの日と、さて、なんの日だろう?」と太宰が顔を出す。

「僕の、誕生日……?」

自信なさげに呟いた敦を見て太宰が苦笑した。

「誕生日おめでとう、敦くん」

「え」

ドッという音と共に下腹部に当たる慣れた衝撃に、そこを見れば、明里が抱き着いていた。

「誕生日、おめでとう。あつにい」

離れた少女から差し出されたのは綺麗にラッピングされた花。

「これは……」

「アヤメ」

「花屋で何を買ったのかと思えば、誕生花だね」

覗き込んだ太宰が付け加える。
彼の博識具合に明里は少し驚いたが、自分でも知っているのだからおかしくはないか、と納得させた。

「プレゼント」

「ありがとう、明里」

「うれしい?」

「勿論。帰ったら生けようか……はっ! 花瓶……ない……」

受け取って笑顔でいた敦の顔が強ばれば、明里がなんでもないように

「コップでいい」

と答えた。

「……そんなことだろうと思って」

と太宰が店内に入り、奥からガラス細工の施された決して安価ではなさそうな花瓶を取り出した。

「私からの誕生日プレゼントさ
明里ちゃんと合作だよ」

ふふん、と胸を張る太宰の姿に珍しいものを見た、と国木田が目を丸くしていた。

「ねぇ〜まだ食べちゃダメなの〜?
冷めちゃうよ〜?」

「ま、プレゼントやらは後でみんなで渡そうかねぇ……
ほら敦! 主役なんだからここに座んな!」

バンバンと与謝野が上座の椅子を叩く。

「え!? でもそこは……」

「今日の主役はお前だ」

気にするな、と福沢が促したことで、はい、と敦が座る。

「はっぴばーすでーつーゆー」

「明里ちゃん、トゥーユー、だよ」

「うるさい。いいもん」

舌っ足らずでハッピーバースデーを歌う明里の歌に合わせ、おばちゃんがケーキを運んでくる。

「はっぴばーすでーでぃああつにいー
はぴばーすでーつーゆー」

少女のお世辞にも素晴らしいとは云えない稚拙な歌が終わると蝋燭にゆらゆらと揺らめく炎が敦を照らす。

「ほら」

と急かすように我慢している乱歩が促す。

「で、では……」

敦がフウッと息を吹きかけ、蝋燭の炎は掻き消えた。蝋の溶ける匂いと焦げた様な匂いが敦の鼻を刺激する。

パチッというスイッチを押す音と共に部屋が明るくなれば、

「おめでとう!」

と同僚や上司の祝う声、そして

「おめでとうあつにい」

唯一無二の妹に勝るその言葉は今はまだ敦の中に存在しない。


優しい君が生まれた日


敦誕生日おめでとう!
アヤメの花言葉は、希望、メッセージ、良い便り

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