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音から忘れる

毎日のことだった。

この四年間、私と共にポートマフィアを離れてくれて、私についてきてくれた明里。
彼女は夜寝る前に何やら一人で聴いているのだ。
小さなプレーヤーはメタリックの塗装が禿げ落ち、地の銀の色が顔を覗かせている。

それを聞いている時、明里はどこか寂しげに窓の外の夜空を眺めるのだった。
綺麗な満月が部屋を照らす夜も、真の闇となる新月の夜も、変わらずに彼女はそれを聴きながら夜空を見上げる。

しかし、その夜は違った。
彼女は欠けた三日月を見上げ、ウイスキーを飲んでいた。耳には見慣れたイヤホンが見えた。
そして私は彼女が毎晩何を聞いていたのかを察した。

私にとっても彼女にとっても大切な友人であった。だから、こんなこと思うことはないと思っていたのだが、存外、私にも独占欲というものがあり、あの仲の良かった友人の存在を今になって初めて煩わしいと思ってしまった。

ゆっくりと気配を消し背後から彼女のイヤホンを奪う。

「毎晩何を聞いているの?」

知っているのに問いかける私は、ずるいかな。

「……知ってる?
人ってね、本当に死ぬ時は、人から忘れられた時なの。
でもね、人の記憶は絶対じゃなくって、その人の、声から忘れるの」

イヤホンを抜けば聞こえたのは彼の声。
そして、私や明里、安吾がただ楽しくいつものバーで飲んでいた時の遠い記憶の音声。

マスターが気まぐれにかけた曲を明里が気に入り、録音する、とこれを近づけていた。

『ちょっと喋んないでよー!』
『あーあーあー!』
『うるさーい!』
『そのレコードならうちの近くに売っていたから今度買ってきてやる』
『ほんと!? さっすが織田作! 太宰とは格が違う!』
『それどういう意味さー!』
『あなたが一番喧しいですよ明里さん』
『太宰のせいだもん!』

何も知らず、という訳では無いが、あの頃は、ただ楽しかったのだ。
仕事が終われば自然と集まる、約束している訳では無いが終わった順番にバーに集まりただ、どうでも良いことからなにから話していたあの空間。

それはもう、戻らぬ時間なのだ。

「……聞かなきゃ、忘れちゃう……
私は織田作を、二度も殺したくない……!」

「……そんなに想われるなんて本当に織田作は幸せ者だ。
平気さ、ほかの誰が忘れても私だけは織田作のことを覚えている。
それがどんなに辛い記憶でも楽しい記憶でも、私は忘れない。
それは君もなのだから、織田作は死なない」

そうだろう?

縮こまった彼女をゆっくりと抱きしめた。

「君が忘れたとしても私は覚えているのだから、織田作は死なないよ」

彼女に云い聞かせている言葉は、私自身にも云い聞かせている言葉なのだ。
彼女の中に根付く他の男を消そうとしている滑稽な私を見て、どこかで織田作が『莫迦だな』と云った気がした。

音から忘れる



声から忘れるのって本当なんですよね。

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