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序章












横浜の街に建つ一軒の雑居ビル。

四階に上昇した昇降機(エレベーターには女性が一人乗っていた。
独特の浮遊感ののちドアが開けば、カツンカツン、と高いヒールの音が廊下に木霊する。

その靴音はとある扉の前で音を止める。

扉の鉄版(プレートには『武装探偵社』の文字。


バタンっ

叩敲(ノックもなしに開かれた扉に事務員はじめとする社員が扉に立つ女性を見た。

緩く巻かれた長い黒髪に、ドレス……所謂甘ロリと呼ばれるロリータワンピースを身につけた女性というには幼く、少女と言うには成熟している女。

「……あの、ご依頼ですか……?」

一言声をかけたのは、社長秘書である春野。

「あぁ、ごめんなさい。
叩敲(ノックもなしに、ついでに事前予約(アポイントメントも。でも、平気よね。きっと私が用事のある人間は用事あるわけないものね……ねぇ、太宰治はいるかしら?」

冷え冷えとした低い声に貼り付けた微笑。

「しょ、少々お待ちください」

といい、事務所のソファに寝転がる男に春野が声をかけた。

「太宰さん、お客様ですよ……」

眠っているらしい太宰は「むにゃむにゃ……心中〜……2人ならできる……」と、寝言までこぼす始末。

「そこにいるのね……太宰……ッ!

異能力『不思議の国のアリス・夢出』!」

と声を張り上げるとソファで眠る太宰が床に落とされた。

「ふぎゃっ! ……な、なになに……!」

起き上がってふと見たそこにいた女と目が合った太宰は口を引き攣らせた。

社員達は「また女を引っ掛けたのか」と、既にいつも通りの通常業務に戻っている。
彼を恨んで女性がここに来るのは初めてではなかった。

「……アリス……どうしてここに……」

「あなたを追ってきたのよ。
私を置いていくから! 私、ここに入社するわ」

「えっな、何を言っているんだい?
私を揶揄うんじゃないよ」

「本気よ」

「……おい、黙って聞いていれば小娘。
そう簡単にうちで雇うわけにいかんぞ」

眼鏡の先の眼光を鋭くさせた国木田が女、アリスを睨んだ。

「あら、社長が認めればいいのよね?
あの人の元に付けばまた異能が安定するから万々歳だわ。社長はどこにいらっしゃるの?」

「ぐっ……そう簡単に社長が採用するか!
太宰! お前こいつはなんなのか説明しろ!」

パァンっと手帳を机に叩きつけ太宰に迫る国木田。

「……私の前職の同僚で、当時の社長の娘さ」

「ひとつ私の肩書きが足りないわよ」

「だってぇ……」

「なによ、
あんたまで私を置いて行っちゃって、嘘つき」

目に涙を今にもこぼれそうなほど溜め、太宰を睨みつけるアリスは拳を握りしめている。

「ちゃんと迎えに行こうとしていたんだ。
様々なことが一段落すれば……それは信じてくれないかい?私と来るより君は向こうにいた方が遥かに安全だ。それはわかるだろう?」

目線を合わせて太宰は笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。

「……太宰治の婚約者、森アリスと申します。
よろしくお願い致します」

「なっ」

室内を静寂が包む。

「元ね、今は」

「破棄する気?」

「なんだい、今日はやけに私に突っかかるねぇ……」

「突っかかりたくもなるわよ。3年も放置しておいて」

「雇うかどうかは、社長次第だ……」

はぁ、とため息をついた国木田。そこに、ガチャと扉の開く音。

「騒がしいが、どうかしたか」

と和服の男性が入室した。

「社長!」

国木田が頭を下げ、説明しようとすれば「お久しぶりです」という声が遮った。

「! ……貴女は……」

「福沢諭吉社長」

「久方ぶりだ。
しかしなぜここに来られた。
お父上の命か」

「父はもう私の事など見ておりませんわ
私を、武装探偵社に入れてくださらないかしら?」

「っ! 社長、どうされるおつもりですか」

「……理由を問わせてもらおう」

「……理由ですか……
そうですねぇ……愛は立場や身分を陵駕する、だなんていかがです?」

そう、不敵に笑ったアリスを見下ろし、福沢は

「後日、入社試験を課す
それまでは仮入社としてもらおう」

と伝え扉を潜った。

「あら、試用期間、ということかしら?
それでは、皆様、よろしくお願い致しますわ」

「……アリス」

「……あなたが居なくなって色んなことに困らされてるの。
分かってるでしょう? 新しいお見合い話に異能の不都合。その他諸々」

「見合い……?」

「お父様がね
ったく……」

「それは頂けないねぇ……
私の婚約者というのに」

「元、なんて無粋な表現をした人間の口から出る言葉と思えないわ」

「それは失敬」

「ムカつく……」

「それはともかくだ! 太宰!
いい加減仕事をしろ!」

と、国木田の大声がビルを揺らした。


*

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