CAST
Haruka Ochi
Karen Kutsuna
Tsukasa Hayase

from
Someday at the hill of Viola


油断するといつも雑踏のなかに彼女の姿を探している。

何の前触れもなく彼女が自分の目の前に現れることを期待しているのだ。

彼女はもう去ってしまったのだと一部では理解している。
でも別の一部が彼女を求めて悲鳴をあげている。

どこかでひとりで泣いていないか。
いや、泣いているならまだいい。
“泣けずに”苦しんでいるのではないかと不安でたまらなくなる。

せめてたった一言でも。
俺の名前を呼んでくれればいいのに。
絶対にその声を聞き逃したりしないのに。

それを望むのは彼女の言葉を借りるなら
“致死的お節介”なのだろうか。

なぁカレン。
俺がお節介なのか間違いなくお前の所為だってわかってるのか。

「お前も諦めないね」

行き場のない想いと言葉を吐露した大量の手紙を手渡すたびに彼は飽きれたように笑う。
でもどこかで安堵しているようにも見えるのだ。

彼女を気に掛けているのは彼も同じだから。

「わかるんです。あいつがまだどこにも根を張っていないって。
だからそれまではずっと書き続けますよ」

「返事もよこさないのに?」

ただ笑って頷く。
返事を求めていないといえば嘘になるけれど、『期待していない』なら嘘にはならないだろう。
彼女がどういう人間かは嫌というほどわかっている。
だから返事が一度もないことなんかで心が折れたりはしない。

でも。
でもな、カレン。

時折どうしてもお前の声が聞きたくなるんだよ。

“ほーんと、ハルカはお節介なんだから”

“あんたってあたしの世話を焼くのが趣味なの?履歴書に書けば?”

脳裏に蘇るいくつもの記憶。
あの日常が“思い出”になるなんて当時は思いもしなかった。

胸に走る小さな痛み。
彼女が姿を消してからは定期的にこうなる。

声が聞けない不安。
傍にいてやれない口惜しさ。
時折間違いなく感じる彼女の痛み。
そして癒してあげられないことでさらに痛む自分の胸。

「お前にも伝わってるんだろ」

会いたい。
会いたい会いたい会いたい会いたい。

本当はいつだって彼に詰め寄って彼女の居所を聞きだしたくてしょうがない。

守っているつもりだった。
守ってやらなければいけないと思い込んでいた。

「カレン・・・」

でも。
守られていたのは自分のほうだった。

あの身勝手な振る舞いに。
自分本位な行動に。
破天荒な性格に。

助けられていたのは自分だった。

『グッモーニーン〜ハルカ。ほらほら、朝勃ちなんてしてる場合じゃないって!
さっさと処理して15分後にはあたしを起こしにきなさい!
遅刻したらハルカの所為なんだからね!あたしの髪はあんたの言うことしかきかないんだから!
――今日もあたしにとってハッピーデーになりますように。
あ、あとついでにハルカにとっても、ね。ほら早く起きて!』

起きる時間でもないのに古びた目覚まし時計に手を伸ばしてその声に縋る。
当たり前にあったものなのに今となってはコレがたったひとつの彼女の声だ。

『グッモーニーン〜ハルカ。ほらほら・・・』
『グッモーニーン〜ハルカ。ほらほら・・・』
『グッモーニーン〜ハルカ。ほらほら・・・』


無意識に押す再生ボタン。
痛みがなくなるまで何度でも。

辿る記憶。

“ほらハルカ。大丈夫。あたしがいるじゃない。
あたしも一緒に苦しんであげるから、もう大丈夫。
朝にはゆっくり呼吸ができるようになるよ”

「カレン…」

“あんたが打たれ弱いことなんてお見通しなんだから”

「カレン」

“ハルカ。ほら、おいで”

「なぁカレン。
お前どこにいるんだよ」


届きもしない声は今日も彼女の居ない世界で溶けて見えなくなる。


『ハルカ。泣かないで。
 あんたが泣いたらあたしが悲しくなるでしょ。
 だから泣くのはやめて早くツマンナイ話を聞かせてよ』


どうしようもない夜だけは。
君の名を呼ぶことをどうか許して欲しい。

いつか必ず君の光になって、その花を咲かせてみせるから。


“ハールカ。お腹空いた。
ねぇビーフシチュー作って”


他の世界のことなんてどうだっていい。
今この瞬間。
どうか彼女だけは何の痛みも感じていませんように。


そんなことばかり願い続けている。



fin.

sozai by encore


for eeyo
by Shion.K