ちくしょう。眩しいくらいの青空じゃねーか。

ふんと鼻を鳴らしながら忌々しい空を見上げた。
文句なしのブルー。本日快晴なり。

あたりまえだ。
1年のうち7割が晴天らしいという理由だけで此処を選んだのだ。
彼氏と過ごすクリスマスホリデーにはぴったりの場所だと思っていた。
コート・ダ・ジュールに位置する芸術の街。エクス・アン・プロヴァンス。

「Putain ! (くそったれ)」
(ものすごく汚い言葉です。良い子は絶対に口にしてはいけません)

遡ること24時間前。
待ち合わせたパリのリヨン駅に彼氏が来なかった。
何度電話しても無視。
TGVの発車時刻の5分前にようやくメールが返ってきたと思えば、他に女ができたから別れようの一文だけ。

アリエナイ。

怒鳴る気力も失せた。
別れ話がメールとか10代のガキか。シネ。
列車がエクスの駅に着くまで悪態を吐き続けたら、周囲の客からは疎ましかられたけれど自分は少なからずすっきりしたからいい。

良いけれども。

なんでこんなにクソ良い天気なんだよ、ボケ。

予約したホテルのテラスでカフェクレームを飲みながら煙草を吸う。
昨夜はワインをがぶ飲みして下着姿のまま寝た所為か微妙に頭が痛い。

休暇はまだたっぷり残っているのに、いったいどうしろというのだ。
ノエルムードが最高潮の古都で、ツーリストの女がひとりとかマジで笑える。
でもあのクソ男の財布で代金を前払いしてある以上、意地でも休暇最終日まで居座るつもりだ。

ギャルソンがマダムと声をかけてくるのも嫌味に聞こえてくる。
マドモアゼルだっつーの!(苛)

「市庁舎広場のイルミネーションは必見ですよ」

・・・・ありがたいことで。


そして迎えた夜。
鬱陶しいくらいの青空は姿を消し、その代りに極彩色のイルミネーションが街を包む。
わざとらしくはないけれど、十分すぎるほどロマンティックだ。

クール・ミラボーには用も無いのに嬉しそうにブラついてる人間でいっぱいだ。
どいつもこいつもイチャイチャとキスを交わしている。

「Putain ! (くそったれ)」

最早口癖となりつつある悪態を吐きながら途中のショコラティエでショコラを買った。
ほぼ無意識だ。甘いものなんてすきじゃないのに、ノエルというだけでうっかり買ってしまったのだ。

人が多い所為かまっすぐ歩けない。
すぐに人にぶつかり相手に嫌な顔をされる。

なんで、あたしは、こんなところにひとりで、いるのだろう。

嫌味なくらい美しく着飾った噴水の前に腰を下ろす。
ショコラの入った袋は人混みを歩いた所為でつぶれ、中身もなかなか悲惨な状況だった。

わー笑える。誰かさんみたい。

案の定手はベタベタになるし、舐めたらクソ甘いし・・・

また悪態を吐こうとしたところで、小さな音を拾った。
気のせいじゃない。――鈴の音だ。

マジかよ。
ノエルの父が来ちゃったわけ?
(フランス語でサンタクロースはPere Noel。ノエルの父の意味)

サイアクだと思いながら音の正体を探れば、それは父にしてはとてもとても小さかった。

「…あんた、どこから来たのよ」

首から小さな鈴をぶらさげた白と茶の猫。
まだ子どものようだ。

チロチロと鈴の音をさせながら様子を伺うように頼りない足取りでこちらへ向かっている。

なんでこっちにくるのさ。
おいおい、まさか猫に憐れまれてんのか?

「あんた、こんな人混みにいたら踏まれるよ?さっさと家に帰りな」

シッシッと手を振っても相手は怯まない。
それどころかショコラまみれのあたしの手をペロリと舐めている。

「…口に合うわけ?」

くすぐったくてかなわないし、たぶん猫はこんなもの食べたらダメだと思うのだけれど、仕方ない。

「あんた、鈴がついてるんだから飼い猫でしょ?
飼い主が探してるんじゃないの?」

(無視)

「…おい!ちょっと爪立てないでよ」

(また無視)

「しかも勝手に膝に乗るな!」

(もちろん無視)

「しかもなに落ち着いてるんだよ」

膝の上で丸くなってお休みモードとかなんなの。


「・・・あったかい」


頼りない温度は口惜しいけれど暖かい。

街はキラキラ、ハートは真っ黒、手はベタベタ、膝はぬくぬく。

でもまぁ、こんな休暇も悪かない。


Joyeux noel
(メリークリスマス)


吐く息に混ぜて、誰にも聞かれないように。


チロリ、と。
また小さな鈴の音が膝から聞こえてきた。


(飼い主見つからなかったら、パリまで連れて帰るか)




酸欠
作者/黒原
Title/迷子×2
Theme/鈴の音が鳴る





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