for Oxygen shortage 節電の夏とか嘘ばっかだな。 ギラギラとネオンが輝く眠らない街を見下ろしながら彼女は愉快そうに呟いている。 長い髪を頭の高い位置でポニーテールにして露になった項に夜風が撫で上げるように過ぎている。 整った横顔からは想像もつかないほどの汚い言葉と猛毒の煙が交互に吐かれる。 それが彼女という人物だ。 「それならターゲットを世田谷の住宅街にでもすればいいんじゃないの。 なんで六本木なんだよ」 あんたは本当にバカだ、と彼女は視線をネオンから外すことなく吐き捨てている。 (本当に失礼な女だ) 「貴重なエネルギーを無駄遣いしているのが気に喰わないからに決まってる」 嘘を吐け。 自分だって暑い暑いと言って冷房をガンガンに掛けて昼寝をしているくせに。 (しかも途中で寒いとか言って真夏なのにブランケットを着込むような無駄遣いを絵に描いたような人間だ) でもそれを言葉にしたらば、それこそ耳を覆いたくなるほどの悪態を捲くし立てられるに決まっている。 「それで?どこを狙うわけ?」 ココは六本木のど真ん中。 有名ホテルのスイートルームのバルコニー。 今から真後ろの部屋にあるキングサイズのベッドでお愉しみかと思ったら大間違いだ。 (そもそも僕には彼女とそんなことをするつもりは毛頭ない) ココは彼女のお気に入りのひとつ。 (理由はルームサービスの鴨肉が絶品だという極シンプルなものだ) 「そうねー。まずは某有名企業が入ってる有名なあのビルとかどうよ。 顧客情報荒らし放題」 あーたまらん。 高揚感ハンパねー! ルームサービスで頼んだシェリー酒をがぶ飲みしながら叫ぶ彼女をあのベッドに連れ込もうなんて思う輩がいるのなら今すぐ名乗り出て欲しいと思うほどに、彼女には品というものが存在しない。 「もしくは深夜のオフィスでやらしいことをしてるあのビルでもいいかなー」 彼女が指差す方向にオペラグラスを向ければ、なるほど確かに、電気をつけたままのオフィスでよからぬことを成し遂げようとしている男女がレンズに入り込んできた。 「こちとら労働に勤しんでいるというのに、乳繰り合う奴等はいるわ踊り狂う輩はいるわ、本当にバカみたいに平和ボケした奴等ばっかだな」 ノラ、と彼女を呼ぶ。 その名の由来は知らない。 (僕は勝手に野良だと思っているけれど) 「盗みは労働とは呼べないと思うけどね」 彼女は何も答えない。 (いつも都合の悪いことは聞こえないフリをするのだ) 野良…じゃなかった。 ノラはとにかくなんでも盗む。 スイートルームのカードキーも他人のカード情報も絵画も宝石も… とにかく“何でも”だ。 有形無形にすら拘らない。 気に入ったものも気に喰わないものも、盗んでは捨て、忘れた頃にまた盗む。 (ちなみに僕の大切なスパイダーマンのオリジナルコミックも盗まれたままだ) 「このギラついた街が眠るのを見てみたいと思わないわけ?」 シェリー酒を飲み煙を吐き出しニヤリと笑う彼女にとびきり爽やかな風が吹き抜ける。 「企業の情報でも成金野郎の趣味の悪い時計のコレクションでもなく、今夜は何を狙うつもり?」 答えはなんとなく想像がつく。 それはさすがに無理だろうと思いつつも彼女ならばやってのける気もしている。 ナード、と彼女が僕を呼んでいる。 何度やめてくれと言っても彼女はその呼び方を変えない。 (スパイダーマン愛好家の僕を揶揄しているだけだ。 ピーターは実生活では“ナード”だから) 「都会が死んだらどうなるのか見てみたい」 悪趣味だよ、という僕の言葉に彼女はただ笑うだけだ。 彼女は眠らない夜にメスを入れようとしている。 (眠った街からまた何かを盗むに違いない) TOKYO NIGHT EXHIBITION 参加作品 作者/黒原紫音 Title/不眠の夜にメス |