「ごめん乱太郎、遅くなって!」
言いながら、綾は医務室に駆け込んできた。
今日は綾が保健当番だと知っていたから、怪我した雷蔵にくっついてきたわけだけど。
来てみたらその綾がいないし、どこで何やってんだと思っていたところだ。
「あ、綾先輩!」
一人で雷蔵を手当てしていた乱太郎が、安心したように綾を見つめる。
綾は二人に歩み寄ると、雷蔵の怪我を見て乱太郎に指示を出した。
まあそんなにひどい怪我ではなさそうだったから、経験として、そのまま乱太郎にやらせるんだろう。
文机に向かった綾は、日誌をめくり始める。
その横顔が紅潮しているように見え、私は近寄って隣に腰を下ろした。
「顔、赤くないか?」
「!」
ぽつりと呟いてみれば、あっという間に耳まで赤くなった。
これはもう何かあったとしか考えられない。
「当番サボって、何やってたんだ?」
「サボってたわけじゃ…っ」
「私と一緒にいたのだが、当番だと知らなくてな。
すまないことをした。」
深く追求しようとしたその時、戸が開いて割り込んできた声。
医務室にいた誰もが驚き、声の方に視線を向けた。
「た、立花先輩っ!?」
周りの視線など気にも留めず、綾にまっすぐ歩み寄る。
そのまま綾の正面に腰を据えた。
「立花先輩のせいじゃ、ないですよ。」
「だが、私が足止めさせたことに違いはないだろう。
悪かったな。」
「それで、立花先輩、何かご用でもあるんでしょうか?」
二人の会話が気に入らず、故意に割って入る。
立花先輩は言い淀む綾から視線を外すと、私たちを一瞥した。
そこに浮かんでいたのは、不敵な笑み。
「ああそうだった、さっき最後まで言えなかったんでな、それを伝えに来たのだ。
覚えておいてくれ、私が想いを寄せているのは、お前だ、綾。」
「「「!!?」」」
あろうことか、突然の告白。
医務室内の時間が、空気が、すべてが凍りついた。
「…人前でそんなこと、礼儀がなってないんじゃないんですか、作法委員長?」
目の前で好きな女に告白されて、傍観していられるほど私はヘタレじゃない。
視線と言葉で牙をむくが、立花先輩は意にも解さない様子だ。
「ふむ、まあ確かに情緒がなかったかもしれんな。
だが私は私の言いたいことを伝えたまでだ、他に人がいようと問題はないだろう。」
それは私に対する宣戦布告、ということだろう。
誰ひとり動けない一触即発の空気の中、思いもかけず声を上げたのは雷蔵だった。
「ら、乱太郎…っ」
「うわっすみません、雷蔵先輩!」
二人の方を見ると、どうやら雷蔵の傷口に消毒液をかけたまま、乱太郎が固まっていたようだ。
張りつめていた空気が霧散する。
それを引き際ととらえたのだろうか、立花先輩が立ち上がった。
「さて、用が済んだので、戻るとしよう。
…綾、返事をもらおうというのではない、ただ、私はお前が好きだということを心に留めておいてほしい。」
軽く綾の頭を撫でると、そのまま医務室を後にした。
それを不服に感じた私は、綾の頭の同じ場所に手を置く。
「ほら綾、雷蔵と乱太郎を何とかしてやれよ。」
「あっうん、そうだね。二人とも、大丈夫?」
我に返った綾は、あわてて事態の収拾に乗り出した。
とりあえず今、綾の中から立花先輩の言葉は、存在は、影を潜めているはずだ。
そう思うと、心が少しだけ、平静さを取り戻す。
綾の気持ちはわからないけれど、綾を渡すつもりは毛頭ないんでね。
受けて立とうじゃないですか、綾の隣にいるために!