春の日差しが降り注ぐ、暖かな放課後。
仙蔵は、陽だまりの中で惚けているくのたまを見つけ、表情を緩める。
気配を消すでもなく歩み寄り、それでも気づきもしない綾の頭に、少し乱暴に手を置いた。
「こんなところで、マヌケな顔して、何をしているんだ?」
「立花先輩!?…どーせ、私の顔はマヌケですよーだ。」
一瞬、驚いた表情を見せたが、綾はすぐに拗ねたように口をとがらせた。
そんな顔すら愛しくて、仙蔵は目を細める。
流れるような仕草で、綾の隣に腰を下ろした。
「まあ、そう拗ねるな。
そういうお前に想いを寄せる物好きも、いるだろうからな。」
他ならぬ、お前の隣に。
続く言葉を飲み込み、仙蔵は軽く笑った。
そのまま綾に視線を移すと、浮かべた笑みは影をひそめる。
顔どころか耳や手まで真っ赤に染め上げたまま固まっている綾に、仙蔵は色を損じた。
「なんだ…まさか、本当に…告白でもされたのか…?」
その言葉に、ほんのわずか、綾の目が泳いだ。
仙蔵はそれを見逃がさず、肯定と受け取る。
心当たりがないわけではない…綾に気があるだろう男は、今思い浮かべただけでも片手では足りないくらいだ。
「ほう、一体誰だ、その物好きは…?」
「う…い、いいじゃないですかっ誰でも!」
言いながら、綾はちらりと仙蔵を見た。
仙蔵のあまりに真摯な眼差しに気圧され、驚く。
その視線に綾は堪えられず、俯きながらおずおずと口を開いた。
「…利吉さん、です…。」
消え入りそうな声だったが、聞き逃す仙蔵ではない。
ここにはいない恋敵を睨み付ける。
忍たまはある程度牽制してきたつもりだったが、まさかプロ忍者までもが綾に心奪われていたとは。
「からかわれているのではないのか?
私には、大人な利吉さんが、子供のお前を相手にするとは思えんが。」
「ひどいな、私は本気だぞ。
それに、大人とか子供とか言う前に、綾は歴とした女性じゃないか。」
背後から割り込んできた声に、二人は振り返る。
やあ、と軽く手を挙げ、爽やかに笑う利吉がそこに、いた。
大人の余裕、というやつだろうか…それがまた気に入らない。
仙蔵は鋭い目で利吉を見据える。
「こんにちは、綾、と仙蔵君。」
「あ、こんにちは…っ」
「乱太郎が探していたよ、保健当番なんだって?」
「え?あ、そうだ、忘れてた!」
普段絶対に忘れない綾だけに、利吉の告白がどれほど彼女の心を占有していたのかがうかがえ、苛立ちが募る。
しかしそこは優秀な忍たまらしく、心を押し殺して悠然とした態度で対峙する。
「ごめんなさい、立花先輩、私行きますね。
利吉さん、教えてくださって、ありがとうございました!」
綾は急いで立ち上がり、頭を下げると走って行ってしまった。
姿が見えなくなるまで見送り、利吉は仙蔵に視線を向ける。
「さてと、用が済んだし、私も行くか。
次の仕事は少し時間がかかりそうなんでね、今度いつ綾に逢えるかもわからないんだ。
ま、今回のことはハンデということで、よろしく頼むよ。」
「それは買い被りというものですよ。」
綽々といった様子の利吉に、負けじと仙蔵は皮肉気に笑った。
踵を返して去っていく利吉の後姿を見ながら、仙蔵も立ち上がる。
「…誰かにハンデをやれるほど、私も薄弱な想いではないからな。」
まずは、利吉と同じ出発点に立つために、綾に逢いに行こう。
綾に想いを伝えた後の彼女の反応を思い浮かべ、仙蔵は優しく微笑んだ。