障子越しに差し込んでくる柔らかい朝日に、綾は目を覚ました。
昨日の昼から降り続いていた雪は、どうやら止んだらしい。
きっと外は、一面の銀世界となっているのだろう。
気のせいだろうか、いつもよりも静かな朝のように感じられる。
「あっはっは!どこ投げてんだ!」
「滑ったんだよ!!」
…本当に気のせいだった。
二度寝しようとしていた綾はすっかり気をそがれ、おもむろに立ち上がった。
先ほどから聞こえる騒音の主たちに文句を言ってやろうと、障子をあけて顔をのぞかせる。
瞬間、視界は闇に覆われ、顔には痛いのか冷たいのかわからない衝撃が走った。
「やべっ!綾、大丈夫か!?」
「…はーちーざーえーもおおおん!」
理解するのは、ほんの一瞬で十分だった。
自分の顔面に雪玉をぶつけた張本人に、鋭い視線を投げつける。
「うわっ、ごめん、もうホント悪かったって!!」
「…三郎、勘右衛門、埋めちゃって。」
冷酷に言い放つと同時に、二人は八左ヱ門に飛び掛かった。
瞬く間に八左ヱ門は雪だるまへと変貌する。
その姿を見て、ようやく綾に笑顔が浮かんだ。
「似合ってる似合ってる。」
「嬉しくねーよ!」
八左ヱ門はふてくされながら、自身を覆っていた雪玉を割る。
その欠片を、怒りにまかせて三郎と勘右衛門に投げつけた。
二人は素早く避けると、手にしていた雪玉で応戦する。
「また始まった。」
いつの間に隣に座っていたのか、兵助が苦笑しながら言う。
傍に立つ雷蔵も、困ったように笑っている。
小さくため息をつくと、綾も腰を下ろした。
「まったく、五年生にもなって、よくやるわね。
一年の頃から、雪が降ったら雪合戦じゃない。」
「雪の日の朝は、必ず勘右衛門に雪玉で起こされてる、俺。」
「僕も、三郎にやられてる。」
呆れたように言葉を零すと、三人は顔を見合わせる。
同時に、笑い出す。
「成長しないわねー。」
「なんだか、六年生になっても、変わらずやってそうだよね。」
「うん、間違いなくやってるだろうな。」
春が来れば六年生になる。
そうなれば、こんな風になれ合っていられなくなるかもしれない。
三人ともきっと同じことを考えているのだろう、言葉を失くして雪玉の飛び交う様子をぼんやりと見つめる。
「ホント、変わらないなぁ…このまま、ずっと変わらないでいられたら、いいよね…。」
「最上級生になっても、卒業しても…何年経っても、俺は変わらず綾といたいと思うよ。」
綾の祈りにも似た呟きに、思わぬ言葉が返ってきた。
驚いて兵助を見るが、表情どころか顔色すらまったく変わっていない。
聞き間違いかと雷蔵に目を向ければ、落ちそうなほど目を見開いたまま凍りついている。
やっぱり聞き違いじゃない…そう認識すると、綾の顔は少し熱を帯びた。
綾が口を開きかけた時、兵助の顔に雪玉が同時に三つ直撃した。
「はいはい、兵助そこまで〜。」
「お前、何勝手に口説いてんの!?」
「そうだよ兵助、ズルいじゃん。」
雪合戦に興じていた三人が、兵助の前に立ちはだかる。
兵助は雪を払いながら、不機嫌そうに三人の顔に視線を巡らせた。
「お前ら…。」
「兵助が抜け駆けするからだろ!」
「俺だって、綾と一緒にいたいっつーの!」
「ああもう、俺が一番に言うつもりだったのに…!」
騒ぎ立てる四人を、綾は唖然としたまま見つめている。
そんな綾の頭を撫でるように手を置くと、雷蔵は綾に笑いかける。
「卒業しても僕たちの関係は変わらないけど、きっと皆一緒にはいられないだろうね。
それでも…僕も、綾とずっと一緒にいられたらいいと、思ってる。」
「雷蔵、お前もかぁあっ!」
三郎が雷蔵を羽交い絞めにする。
けんか腰なのに笑い合っている五人を見つめ、綾にも自然と笑顔が戻る。
「さて、これから抜け駆けをした兵助と雷蔵に、雪玉で制裁を加えようと思う。
というわけで八左ヱ門、勘右衛門、雪玉の用意だ!」
「おほー!やるやる!!」
「…ってことだから、綾、着替えておいでよ。」
優しい五つの視線に、綾は泣きそうなほどに胸が熱くなった。
はにかんだように笑うと、ゆっくり立ち上がる。
「のぞかないでよ?」
「え、何、誘ってんの?そうならそうと、素直に…」
照れ隠しにそういった綾に、三郎がにやりと笑いながら歩み寄る。
しかし、それは勘右衛門と八左ヱ門に阻止された。
「お前も同罪だ!」
幾年過ぎても
この絆は不変!
企画「四季」様へ提出