「冬花さんって、本当に可愛い。大好き」


その言葉と共に、ふわっと抱き締められる。この人はいつも、こういう抱き締め方をする。抱き締められてるのに、なんだか感覚がない。



だから、ぎゅっと抱き締め返す。もっと、秋さんに触れたいから。近付きたいから。


「私の方が、もっと大好き」





今日は日曜日。キラキラした光が、秋さんの笑顔みたい。彼女に会いたくてたまらない。

でも電話してみたら、留守電。家に行っても、誰もいない。


「ちょっと街を歩いたら見つかるかな…」



大通りをきょろきょろしながら歩く。秋さんとは、何度もここへ来た。お茶したり、買い物したり。

秋さんといる時間が何よりも大切。何よりも愛おしい。彼女といると、何もかもが愛しくなる。小さな草花、柔らかい木漏れ日、さわやかなそよ風。

彼女が大切にしている全て。




早く彼女を見つけたくて、無意識の内に早足になる。すると、視界に私の大好きな深緑の髪が見えた。


見つけた!駆け寄って驚かせようと一歩踏み出した時、隣の茶色の髪も視界に入る。



「アメリカの……一之瀬…くん…?」



ああ、秋さんと彼は幼なじみだっけ。そっか、一之瀬くん日本に来たんだ。二人が日曜日の昼下がりに一緒に歩いてたって、何もおかしくなんかない。



はずなのに。鼓動がどんどん早くなって、頭がクラクラする。体中に心臓の音が響いて気持ち悪い。




秋さんどうして?私より一之瀬くんが好き?馬鹿げた疑問を頭の中で繰り返す。



私を裏切ったの?



私を捨てたの?




混乱したまま、二人の後ろをこっそりとついていった。





一之瀬くんは秋さんを家まで送り届けた。家の前で、何かを話している。

すると、一之瀬くんは不意に秋さんを抱きしめ、頬にキスを落とした。




瞬間、時が止まったようだった。めまいがする。目に涙がたまる。



秋さんは少し驚いた様子で、一之瀬くんと別れた。



「秋さん」


自分の声が震えていて驚いた。普通に呼んだつもりなのに。


「あら、冬花さん」


秋さんは、いつも通り優しく微笑む。



私ったらまるで子供みたい。私、泣きたくなんか無いのに。泣く理由なんか無いのに。




「電話したのに出なくて、お家にもいなくて、そしたら街で一之瀬くんと居て……どうして?」


秋さんは悪くないのに。秋さんは当たり前のことをしていただけなのに、どうして私は秋さんを責めるの?



子供のように怯える私が悪いのに。





秋さんは何も言わずに近づいてきて、私をきゅっと抱き締めた。いつもとは違う、苦しくなるような抱き締め方。



「冬花さん、私が嫌いになった?」


言葉を返さずに黙っていた。秋さんは抱き締める力を強める。

嫌いだなんて言えない。言える訳がない。



だって、好きで、好きで、好きでたまらないから。あなたが離れて行ってしまうのが、こんなにも不安だから。




「残念ながら……秋さんにべた惚れです……」




秋さんは私を抱きしめたまま囁いた。



「冬花さんって本当に可愛い。大好き」




残念ながらべた惚れ
(私の方が、もっと)



「冬花さん、一之瀬くんのキスはただの挨拶よ」

「えっ…わ、私…」

「ふふ、私は冬花さんとのキスが一番好き」

「…秋さん…」






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