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▼ 牧場主の六つ子の見分け方

私の住む街には世にも奇妙な六つ子がいる。六人とも顔はそっくりなのに性格は全然違う。住んでる場所も皆それぞれ違うけれど、六人揃って長男が居候しているというカフェに集まっているのをよく見かける。


「おはようおそ松くん」

「おーはよー、よく分かったなぁ」

「うん。何となく」


たはーと笑うおそ松くんに挨拶したはいいけどもうお昼過ぎである。でもいいんだ。おそ松くんは起きるのが他の五人に比べて特に遅いらしいし、あんまり言うと拗ねるからねってチョロ松くんに言われたし。頭の上にたんこぶが出来てるけどこれも見慣れたもので、恐らく八戒さんに叩き起されたんだろうと思う。鞄の中にあった薬を手渡せば、嬉しそうに笑うけれど、薬をもらって嬉しいことなんて何もないと思う。薬は苦いしあんまり好きじゃない。なのにおそ松くんはいつも笑顔で受け取るから、ちょっとあの、被虐的な事が好きなのかなと疑ったり。いやいやいや、そんな訳ないよね。あまりにも失礼過ぎる。


「なまえってさぁ、俺らの事どうやって見分けたりしてんの?」

「え、いやその、さっきも言ったけど、何となくなんだ」

「ええー、本当にぃ?」

「強いて言うなら、おそ松くんは笑い方が特徴的だな」

「笑い方?」


目を丸くしてこちらを見るおそ松くんにタジタジになりつつ頷く。
おそ松くんはこちらまで肩の力が抜けそうな程にふにゃりと笑うというか。無邪気な笑顔と言ったらいいんだろうか。成人男性なんだけど、子供のような笑顔が随分と可愛らしいと思う。いや悪い意味じゃないんだ勘違いしないでください。


「可愛いと思うよ」

「あ゛ーーーっ!!!」

「おそ松くん!?」


物凄い雄叫びを上げて倒れそうになったおそ松くんを慌てて支える。大丈夫かと顔を覗き込んだら顔を両手で覆って「優しくしてください」とか小さく言われて首を傾げる。そうして合点がいった。優しく介抱すればいいんだろう。


「なーにしてんだこのクソ長男っ!」

「どげふっ!」

「おそ松くーん!?」

「大丈夫なまえさん、何もされてない!?」

「いや、私は何もされてないよチョロ松くん。それよりおそ松くんの方が重症」

「あれで死んだら苦労しないよ」


腕の中からおそ松くんが消えたと思ったら、チョロ松くんがそれはもう見事なスイングでぶん投げていた。どこにそんな腕力があるのか。突然のことに目を白黒させていれば安否を確認されたけど私よりおそ松くんの方が大変なことになってる。
きょとりとこちらを見たチョロ松くんの顔は流石六つ子と言うべきか、本当に先程のおそ松くんのようで区別のつかない顔をしていた。


「…僕のこと分かるんだね」

「うん?うん。分かるよチョロ松くんだろう」

「いや、うん、そっか…。はは、何か嬉しいなぁと思って」


六つ子だから、街の人たちも間違えることは多々あるらしい。私だけが彼らのことを間違えたことがないのだという。間違えることなんてあるのだろうか。だって顔はどれだけ似ていても、性格や所作なんて全く違うだろうに。


「チョロ松くんは私によく話しかけてくれる」

「うん、そりゃあね」

「大切な人だよ」

「ガハァッ!」

「チョロ松くんんんん!?」


先程と同じ光景になった。そして勿論私はチョロ松くんを支えるために手を伸ばす。けれども今回は私の手がチョロ松くんに触れる前に消えてしまった。音にしたらカッキーンというような感じ。大きな笑い声と引きつったような笑い声が聞こえて振り返れば、気怠そうに拍手をする一松くんと天高くに放り出された兄を見送る十四松くんの姿があった。イリュージョンでも使ってるのかというような消え方。十四松くんまさかそのバット…いや何も言うまい。


「ヒヒッ、おはようなまえ」

「おはよーございまっする!なまえちゃん!元気ぃ!?」

「あ、うん、おはよう一松くんに十四松くん」


この二人を間違えることはほとんど無い。私が牧場仕事の一休みで木陰で休んでいたら、一松くんが水を差し出してくれたり、十四松くんがタオルを持ってきてくれたりとどこからともなく現れるからだ。正直本当に嬉しい。少なくともこの二人からは嫌われていないと思う。いやまあ、怒ってるように顔真っ赤にしてさっさと受け取れよと言うようなニュアンスの言葉を送られてるけど、嫌われてはいないはずだ。多分。


「残念だったねぇ、こんなクズに話しかけられるなんて」

「一松兄さんツンデレー?デレがわかりにくいよー」

「うっせぇ黙れ十四松」

「一松くんはいつも私に優しいよ。大丈夫、ちゃんと分かってる」

「ぐっ」

「僕は僕はー?」

「十四松くんも大事な友人だ。その元気にいっつも救われてるよ」

「あはー、照れますなぁ」


何やら心臓を掴んで荒く息をする一松くんを急いで診療所に連れていった方がいいんじゃないかと心配になった。くふくふと長い袖で笑いを堪える十四松くん、早くお兄さんを診療所に。私の発言で心臓発作を起こしてしまったんじゃないか。大丈夫なのか一松くん。


「やっほー、なまえちゃん」

「今日という日を記念日にしようじゃないか!んんー?何の記念日かってぇ?それは俺と君が通算486回巡り会った回す」

「ウザイ」

「ドッディ!?」


スパァンと見事なまでの張り手がカラ松くんの頬に決まった。何事も無かったようににっこり笑ったトド松くんに戸惑いながらも挨拶を返す。ええと、お兄さんは大丈夫なんだろうか。あの、一松くんが追い打ちをかけるように足蹴にしてる気がするけど気のせいなんだろうか。


「いいんだよ、なまえちゃんは気にしなくて。それよりよく僕らのこと見分けつくねぇ」

「ううん、私もよく分からない。ほとんど勘みたいなものだから」

「それでも間違ったことないでしょ?凄いよ」


ニコニコと嬉しそうに笑うトド松くんに腕を組んで頭を動かす。彼らが黙りこくってしまったらきっと誰が誰か本当にわからなくなるだろうなぁ。と考えて、一度それを外さずに言い当ててしまったことを思い出した。あの時は私も彼等も驚いていて、ゆっくり考えたことが無かった。どうやって私は言い当てたんだか、首を傾げて失礼ながらもトド松くんをじぃっと見ていれば徐々にその顔が赤くなってきて、怒らせてしまったと慌てて視線を伏せる。そうして唐突に理解した。


「皆が私のことを知ってるように、私も皆のことを知ってる」

「うん?」

「だったらどれだけ顔が似ていても、私には誰が誰かなんてすぐに分かるよ」


ウチの牛やニワトリの見分けもつく私が、彼らの見分けがつかないなんてことは無かった。ウチの子達よりも人の方がよっぽど分かりやすい。一人納得して頷いていれば、驚いたことにさっきまで立っていたトド松くんも一松くんも十四松くんも倒れていて悲鳴をあげそうになった。どどどどうした!?


「なまえちゃんホント尊い…」


何事かを呟いたトド松くん達を急いで診療所に連れて行ったら、ロー先生に人誑しも大変だなと言われたけど私は首を傾げるだけだった。私が一体誰を誑しこんでいるというのか。


□二周年記念



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