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▼ 愛しかない黒尾

「そこに座れ、黒尾鉄朗」

「へぁ?」


黒尾家の鉄朗の部屋の中で待機すること三十分。鉄朗が扉を開いて、こちらと目が合った瞬間に目の前を指さして座るように促す。悲鳴をあげるかと思ったけど予想以上のことに声をあげれず、意味の無い言葉を発した鉄朗を見ながらパシパシと床を叩く。私の目の前に座れと言うておるのだ!
学校鞄と部活用のそこそこ大きな鞄を部屋の端に置いて、文句も言わずに私の目の前に正座で座る。私も正座だからそれに倣ったんだろう。うむ、苦しうない。


「私が誰か申してみよ」

「何だよその口調…。なまえ。俺と同じ音駒高校、同級生、俺の彼女」

「む、うん。そう、それ」

「言わせといて照れるな」

「喧しい。彼女、そう、私、鉄朗の彼女」

「うん」


言っといてなんだけど今更ながらに恥ずかしくなってきた。顔を俯けてストップするように鉄朗の前に手のひらを突き出す。


「……ごめんちょっと時間が欲しい」

「なんだお前可愛いなうりうり」

「ぶあああああ」


わしゃわしゃと両手で髪の毛をかき混ぜられる。やめろ馬鹿野郎。毎朝寝癖直したり癖を直したりするの大変なんだぞ。女の子は大変なんだぞ馬鹿野郎。それをそんなにも無遠慮に撫でくりまわしやがって、ありがとうございます!正直嬉しい。好きな人から撫でられるのは大好きだったりする。


「で、何だよ?」

「うん。私って男の人からみたらその、何だ、魅力ないかな?」

「おっとー?それは浮気発言と捉えていいのかなー?」

「違う違う違う違う!落ち着いて鉄朗!あなたは今何の罪もない女の子に罰を与えてる!冤罪!冤罪です!」


頭の横にある両手からギリギリと力を込められて泣きそうになった。違うのに。言い方が悪かったとは思うけど全然違う。鉄朗のこと好きだよホントに。浮気しないよ。鉄朗好きだよ。
早口でまくし立てればパッと手を離して両腕を広げてくれたので、遠慮なくその中に飛び込む。


「ううー、好きだよー。私、鉄朗のこと好きなのにー」

「よーしよしよし。いい子だなー。じゃあ理由も言えるよなー?」

「理由は言えないけど好きだよー」

「あ?」

「うぐぅ、ごめんなさい。でも浮気じゃない!」


低い声に肩が震えるも反論する声は大きく出した。怖さを跳ね除けるように。でも跳ね除けれなかった。普通に怖さはのしかかってきた。解せぬ。
にっこりと胡散臭い笑みを浮かべる鉄朗は物凄く怖い。ガタガタガタガタ。た、たけし城はどこだ!私を匿うべきだ!


「理由は?」

「あの、言えな」

「理由」

「鉄朗がいつまでたっても手を出してこないから不安になったんだよ!言わせんな馬鹿!」


恥ずかしい話、手を出される覚悟は既に出来ている。可愛い下着は鉄朗が彼氏になった時から購入済みだし、そういう雰囲気の奴も大体調べた。今時のスマホ情報凄い。もうこっちが恥ずかしくなるような情報もいっぱいだった。おかげで勉強はバッチリだ。にも関わらずこの鉄朗、一向に手を出してこないのである。そりゃ不安になるだろ!私って嫌われてるのかと疑った時もあった。でもそれは無いと思いたかった頭は、私に魅力がないという結論に至ったのだ。
全部包み隠さず話せば、鉄朗は大きなため息をついてぎゅっと抱きしめてくれた。あったかい。


「…ごめんな」

「……あの、そのごめんなはアレですか。嫌いだから手を出せないとかそういう」

「違う。そんな事思わせてごめんなって意味」

「あ、うん。…いいよ、鉄朗のためだし」

「なまえが俺のためにしてくれてた事は普通に嬉しい。でも悪い。手は出せない」


泣きそうになった。ごめん鉄朗、私は馬鹿だからよく理解できない。私は鉄朗が好きだけど、鉄朗は私をそこまで好きになれないということだろうか。何だろう。付き合うとかって難し過ぎる。


「…そういうのは、結婚してからしたいデス」

「……はひ」

「正直、めちゃくちゃなまえに手を出したい。けど今の俺じゃ責任も持てねぇ餓鬼だし、なまえはちゃんと幸せにしてやりたい」


静かな声で私の頭を撫でながらそう言った鉄朗に色々と聞きたいことはあったけど、とりあえず泣いた。やっぱり私は鉄朗が大好きだと思った。


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