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▼ 高峯は鬱になれない

二、三ヵ月程前から、教室にいると痛いほどの視線を感じる。授業中は何も感じないのだが、全校生徒が集まる朝礼の時間だったり、休み時間友達と話していたり、果てにはお弁当を食べている時ですら視線を感じるのだ。一体なんだというのか。私が何をしたというのか。


「なまえ、ちょっと」

「先輩をつけようか。敬語とまではいかないから先輩はつけようか」

「早く」

「ちょっと敬っとこうぐらいでいいから思おうか」


高峯翠。私の後輩であり、うっかりアイドルになってしまったらしい男の子。つい先日まで私を見て怯える様に体を震わせ、脱兎の如く走り去っていた彼が何故こう変わってしまったのか。視線の犯人は言わずもがな、高峯翠である。


「これ、これ欲しい」

「え、なに?」

「このゆるキャラ」

「高峯君また先輩の私を使おうとしてるな?」


後輩とゲームセンターなう。と言えれば後輩と仲良く遊んでいると想像されるだろうが違う。そんなに雰囲気は良くない、と思う。というか高峯君はゆるキャラしか目に入っていない。UFOキャッチャーの前で平常時よりテンション高めに、とあるゆるキャラを指さす高峯君に、仕方なく手持ちのお金を取り出した。
私はUFOキャッチャーが大の得意である。いつだったか、特に好みでも何でもなかったがUFOキャッチャーのゆるキャラを手にいれた事があった。家に持って帰ってもなぁと考えに耽っていれば、それはもうキラキラを超えてギラギラとした視線を受けたのだ。高峯君に。それを譲り渡してからが面倒くさかった。アレもこれもと言い出した高峯君を止める術が、私にはなかったのである。お金は取れなかったら全て私持ちという、私に対して何のメリットもないそれ。死に物狂いで取ってやった。


「はい」

「っ!ありがとうございます」


嬉しそうに顔を綻ばせてぎゅうっとまあまあ大きめのサイズのゆるキャラを腕に抱く高峯君。ファンからしたら発狂もんだろうなこの笑顔。普段鬱だなんだと言いがちな彼が見せる笑顔はレアものらしい。流星隊のプロデューサーちゃんが言ってた。アイドルの笑顔ってやっぱり何だか眩しいものがあるなぁと目を細めていれば、ハッとした顔をして逸らされた。おおう、嫌われてんな。
高峯君が私のことを嫌っているのは、まあまあ最初の方で分かった。何をするにしても目を合わせないし、ゆるキャラに関してしか話をしない。隣で歩くにしても微妙に離れていたりと、まあそこかしこに嫌われているんだろうという事を察せられた。そんな私に頑張って近付いてきたのは単にゆるキャラのためだろう。なんせ彼は好みのシリーズをコンプするまで諦めないのだから。


「さて、もういい?」

「あ、えっと、……どうぞ」

「高峯君も早く学校戻りなね。メンバーもプロデューサーちゃんも待ってるだろうし」


一緒にゲームセンターを出て入口で手を振れば、僅かに片手を上げて手を振ってくれた。おや、前は走り去っていったというのに珍しい。まじまじと見ていれば顔を真っ赤にして背中を向けて走っていってしまった。そんなに嫌だったのかと内心ショック。やっぱり後輩から嫌われるのって何だかくるものがあるなぁ。


「ね、紅郎」

「いや、まあ、なまえの勘違いだけどな」

「何言ってんの。顔見て逃げるぐらいだよ。勘違いのはずが無いね」

「…こればっかりは高峯が悪いな」


どこか遠くの方を見てため息をこぼす紅郎に首を傾げた。頭を撫でられた。あんたは私の兄貴かと手を振り払う。何だその微笑ましそうな顔は。やめろ。そんな目で私を見るな。懐かない猫みたいだなとか思ってたらホント殴ってやる。


「なまえ」

「噂をすれば高峯君。先輩をつけろ」

「な、なんの噂を…。いやそれより、渡したいものがあるんです」

「なんだと?」


教室にて。高峯君が周りの視線を受け、その大きな体をなるたけ小さくしながら私を訪れて来たのだ。落ち着かない様子でそわそわしてるのを見ると、大きな体と反して小動物みたいだなぁなんて思いに耽る。紅郎を置いて高峯君へと足を運べば、安心したかのように目を細められて首を傾げた。最近は珍しい事が多く起こり過ぎて驚かない日がないな。


「コレ」

「ん、あれ?この前の色違い?」

「あげます」

「え」


この前私が取ったモノとは色が異なるゆるキャラ。大きさもデザインも一緒だが色だけ違っている。押し付けるように手渡されたそれを慌てて抱えると、ふにゃりと緩んだ笑顔を浮かべ嬉しそうな顔をする高峯君。可愛い顔をするんじゃない。ファンはこういった部分にコロッとやられるんだろうな、分かる。


「何で?いいの?高峯君、このゆるキャラ集めてたんじゃないの?」

「好きなものと好きなものがコラボするのって凄くテンション上がりますね」

「テンション上がってる風には見えないけど、え?貰っていいの?」

「なまえにあげる」

「ありがとう。敬語」


ぎゅうっと腕に抱いてみればなんとも言えない心地良さがある。なるほど、手触りも良いしこれは癖になる抱き心地だ。ゆるキャラを抱きしめてホクホクしていれば微笑ましそうなものを見る目で高峯君に見られていた。なんだこの野郎。返品はお断りだぞ。


「やっぱり破壊力のあるコラボですね」

「何のコラボだというのか」


最近の高峯君は疲労がたまりすぎて言動が可笑しくなったんだな。救えねぇ。


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