plan | ナノ


▼ 松野家長女は彼女が見たい

「なまえ姉さんチョコ食べよー」

「おおう。口の周りを拭いて十四松」


大きく口を開けて笑う十四松の口元はべっとりとチョコレートまみれだった。袖に隠れた手がそこに触れる前にその腕を掴んで止めた。やめて。黄色は目立つんだから、そこにチョコレートというシミがついたらおかしい事になる。首を傾げる十四松の口元をティッシュで拭ってやれば、何が嬉しいのかふにゃふにゃの笑顔を見せてくれた。私の弟がクズのくせに可愛い。


「よーしゃよしゃよしゃ!」

「ぬぁぁぁ!」


頭を撫でてやれば、よく分からない声を上げて両腕を振り回す十四松。危ねぇ。姉さんの顔面にその長い袖が当たりそうになったよ、結構な勢いだから痛いよ確実に。振り回される袖から顔を避けつつ頭を撫でていれば、部屋の隅からじっとりとした重苦しい視線を感じた。部屋の隅を好むなんて私自身一人しか考えられず、顔を向けばやはり一松が見ていた。視線がかち合うと驚いたように肩を跳ねさせてサッと立てた膝に顔を埋める。猫のような反応をする子だなぁなんて思いつつ、十四松の手を取って一松の横へと座った。十四松も興味深そうに一松の様子を伺っている。


「一松」

「……」

「いーちまーつ」

「……なに?」

「チョコ食べよう。私と十四松と、一緒に」

「ん」


そろりと膝から顔を上げた一松に、手にしたチョコを開いた口に放り込む。十四松にも同じように放り込む。十四松は口を大きく開くからポイポイチョコを放り込める。なんか楽しい。


「甘い」

「甘いねぇ」

「甘いっすねぇ」


部屋の隅に三人揃ってチョコを食べるのは、傍から見たら可笑しい光景なんだろうけど平和だなぁと和む。何も言わず何もせずその場に座って、たまに袖を引かれたらチョコを口に放り込む作業を繰り返す。ライブから帰ってきたらしいチョロ松がぎょっとした様子でこちらを見た。


「え、ええ?何してんの?」

「チョコレートを口に放り込む作業をしてる」

「……、また十四松に変な事言われたの?」

「チョコ食べよーって言われたんだよ」


両端からひしっと私の腕を掴んで離さない一松と十四松に笑いつつ、チョロ松の眉が寄っていくのを眺める。首を傾げて「チョコいる?」と言ってみれば首を横に振られる。いらないんだって。美味しいのに。


「なまえ姉さーん!聞いてまたパチンコでスッ……何それズルイ!!」

「長男ゴルァ!?また金無駄にしたんかゴルァ!?」

「おかえりおそ松。お金の無駄遣いよくない」

「倍にしようとしただけだってば」


スパンッと襖を開いて弱った顔を見せたおそ松が、こちらを見て直ぐに文句を言ってきた。一番姉離れができてないのは長男であるはずのおそ松だった。チョロ松の激昂も何のそので、両端は埋まっているからと正面から腰に腕を回して寝転ぶような体制のおそ松に笑う。お兄ちゃん、しっかりしなさい。


「俺の全財産ぶっ飛んでったー…」

「財産っていうほど持ってないでしょ」

「なまえ姉さんの負担を軽くしてあげようと思って」

「気持ちだけで十分だから、ホントに」


怒り心頭気味のチョロ松の口にチョコを放り込んで、嘘か本当か分からない事を言ってのけるおそ松の頭を撫でた。本当に気持ちだけで十分なんで、貰ったお小遣いを直ぐに消費するのやめようか。半時間も経たずに「スっちゃった」とか言われた時は意識飛びそうになったからね姉さんは。
あーと口を開けてくるおそ松の口にもチョコを放り込んで、未だ不機嫌そうなチョロ松の眉間の皺を指で伸ばす。若い時からそんな皺作っちゃいけません。


「Hey!マイシスター&ブラザー!帰った、ぜ…」

「帰ってくる時にそのポーズいらねぇから」

「ノンノンノーン!ただのポーズと思ってたら火傷するぜ」

「はぁ?殺すぞクソ松」

「マイシスター!」

「え、なに?」


おそ松によって開けれたままの襖から次に帰ってきたのはカラ松で、痛いポージングを披露しつつ中へと入ってきた。カラ松がそれでいいなら姉さんは何も言わないけど、外を歩く時は少し離れて歩いてほしい。あの、流石に私も恥ずかしい。
落ち着いてきていたチョロ松の眉間に皺が寄るのと、今にも唾を吐き捨てそうな一松に動じること無くカラ松はおそ松を跨ぐように私の前に立った。気にせず袖を引いてきた十四松の口にチョコを放り込む。


「この俺と!二人で!ディナーに行かないか?」

「お金は?」

「フッ、勝利の女神は俺にツイていたらしい」

「お馬鹿」


おそ松はパチンコ、カラ松は競馬に行っていたらしい。上二人がどうしようもなかった。デコピンすれば何が嬉しいのかへにゃりとカラ松が笑う。何をされようと触られるのが嬉しいんだと。姉離れができてない二号め、そんなだから彼女も碌に出来ないんだよ。


「せっかくのお誘いは有難いけど、この後トド松とご飯食べに行くんだよね」

「ん?」

「は?」

「あ?」

「え?」

「…何それ?」


四人の思いがけないと言った様子の声と、膝の上のおそ松の問いかけにありのまま話す。以下、回想。


「お洒落なイタリアンのお店見つけたんだけど、一人じゃ寂しいからなまえ姉さんと行きたいなぁって思ってて。どう?」

「私はいいけど、いつもの女の子たちと行かなくていいの?」

「なまえ姉さんがいいの!じゃ、今日の夜は空けといてね!」


それだけ言って、意気揚々と家を飛び出して行ったトド松の背中を見送ったという訳である。回想終わり。
という訳だからごめんね?とカラ松を見上げながら謝れば、考え事をするように顎に手を置いている。首を傾げて他を見れば、同じように考えこんでいる姿があった。その時の五人の顔といったらもう、流石六つ子。この言葉に尽きる。


「ちょっとまた出てくるね」

「え、ライブから帰ってきたばっかりなのに?」

「なまえ姉さんはここに居ていいから」

「あれ、一松も行くの?」

「野球したくなってきた!」

「今から?」

「少し用事ができた」

「あ、え、みんな行くの?」


四人がサッサと部屋を後にするのを呆然と見つめていれば、その後に続いたおそ松がくるりと振り返って歯を見せて笑う。


「抜け駆け禁止って、ちょっと話してくるだけ」

「……はあ」


暫くしてガラッと玄関の開閉の音が聞こえ、部屋の中は静まり返る。壁に背をつけたままごつっと頭が壁に当たるのも気にせず天井を見上げた。


「……いつになったら彼女とか連れてくるんだろ」


自分のことを棚に上げながら、まだ見ぬ弟達の未来の彼女を想像する事にした。


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