plan | ナノ


▼ 勝敗に拘らない青槍

足を踏み込み、ただ前を駆け抜ける。風が後から巻き上がり、その数瞬後には同じ場所を、私よりも少し早い音が耳を打つ。馬鹿みたいに前に進むだけでは意味が無いと知りつつも、今方向転換をしようものなら確実に朱に穿たれる。少しでも身軽にと重い武器を部屋に置いてきたのは、考えが浅はかだったろうか。けれど時折、悟らせず敷いた罠に引っかかる兄弟子に、多少なりともこちらにも勝機はあるのだと思わせてくれる。ルーンを刻み、目を閉じながら魔力を込めたそれを空に投げた。瞬間、爆発的な光が瞼を襲い、背後の足取りが僅かに乱れるのを感じて口角が上がる。私は槍では兄弟子には到底敵わないが、魔力量では遥かに上回っているのだ。


「なまえは槍でも剣でも好きな物を持って逃げ回れ。クーフーリンは身内を殺した誰よりも憎い敵だと思い追い駆けろ。明日一日、お前たちには殺し合ってもらう」

「相ッ変わらずぶっ飛んでんなぁ」

「てことは今日から私は準備に取り掛かると」

「そうだ。本来ならば今すぐにでもやる予定であったが、それでは足りん。日の出と共にやるからこそ身につくというもの。なまえは明日の仕込み、クーフーリン、お前は儂に一太刀入れるまで帰さん」

「やったね、クーちん!師匠と二人っきりのランデブー楽しんでネ!」

「テメェ、絶対殺してやるからな」


師匠の発案はいつも突拍子もなく始まる。今回は準備期間が(私にだけ)あるからまだマシではあるが、普段なら数万キロ先の森から城まで息切れせずダッシュで帰ってこいとか、今から投げる私の短剣を全てルーンで撃ち落とせとか唐突に始まるのだ。今日はフリーだと言われた後に続いた、死刑宣告にも似た師匠の言葉にクーは口角を引き攣らせた。そりゃそうだ。師匠に一太刀、若しくはかすり傷一つ付けられたとして、その後にくるのは億万倍返しもいい所の師匠の熱い指導(物理)である。
殺気立つ部屋からさっさと退出して、気を引き締め直した私は翌日の仕込みのためにと外へ出た。きっちりと閉じられた部屋から悲鳴じみた声が聞こえた気がするけど、気の所為だと思うことにした。私ってば緊張してるのカナー?
街に被害が出ないような罠を敷きつめ、友人たちにも説明して協力してもらい、また範囲を決められていなかったと思い出して外には幾つかの武器を準備しておいた。日が落ちるまで準備は続き月が真上に昇った頃に漸く眠りについた。夜明けと共に目を覚まし、まだ姿の見えぬ鬼の気配を慎重に手繰りながら外へと飛び出した。出来るだけ距離を置いておきたかったけれど、殺気を隠しもせずに迫ってくるそれに苦笑して、まだ人気の無い街へと駆け出す。
かくして、私とクーの生死をかけた命懸けの鬼ごっこは始まったわけである。


「あんな小細工も仲間も使って終いにゃルーンかよ!!往生際悪ぃなお前はっ!!」

「一個一個ちゃんと引っ掛かってくれるんだから兄弟子様ったら優しい!!!」

「隠蔽工作ばっか上手くなりやがって…っ!」


突きの一手を紙一重に躱しながら、次のポイントまであといくらかと頭の中で地図を広げる。百もないかとその次の手も考えつつ、襲い来る槍を足で蹴り上げる。持ち直したそれが地を削り、下段から払い上げるように斬りかかってきた。本っ当にこの兄弟子ってば槍に関して右に出るものがいないというかなんと言うか。避け切れなかったそれが胸元を掠る。僅かな動揺を見逃さず、伸びた手が私の胸ぐらを掴んで地面へと押し倒す。勢いの良さに肺から一気になくなった酸素に表情が歪む。咄嗟に視線を左へ移し、罠があると思ったのかクーの視線もズレた。兄弟子様ったら単純なんだからっ!


「ダーリン余所見は厳禁だっちゃ」

「っ!?」


口から零れた言葉に忽ち火花が散り炎が巻き上がる。離れた手にさっと体を起こして走り出す。その際に順繰りに落としたルーン石が火柱を上げ彼の行く道を防ぐ。少しの時間稼ぎができればいいのだ。その間に次のポイントで立ち止まり、描きあげておいた魔法陣の上に立つ。簡易的ではあるものの魔法陣は魔方陣だ。魔力の流れに私の髪が揺蕩い、ふすふすと笑い声を上げて妖精がくるりと回る。クーが火に関しての魔術が得意なように、私の得意な魔術は水。杖がないので全力とは言い難いが、それなりの威力はあるのだ。


「……解せない」

「こっちの台詞だわ。くっそ、ズブ濡れじゃねぇか」

「よっ、水も滴るいい男!」

「なまえ、髪拭いとけ。風邪引いたら俺が殺される」

「師匠、私に甘々だもんね」


一発で仕留めようと人間大サイズの水球を作ったのが悪かった。見事にクーに当たったのはいいものの、大きさ的に私にも被害が及ぶサイズで。結果、私もクーも全身水浸しである。こんな筈じゃ無かった。
大きなタオルで私の頭を拭いてくれるクーは、本当は私の兄なのではないかと疑ってしまう。まあそんな事ある筈ないんだけど。


「クー兄ちゃん休憩は後どれくらい?」

「飯食ってから再開だな。あとなまえ、その呼び方マジで変な気分になるからやめろ」


結局この後二人でご飯を食べてから鬼ごっこ(生死を掛けた)を再開したけど決着はつかず、師匠からはお褒めの言葉を頂いた。クーは気合いが足りんとかってまた師匠に扱かれてた。お疲れ様でーす。


□450,000hit記念



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