▼ カルナにひたすら甘やかされる
「なまえ、ダ・ヴィンチが呼んで…、どうした?」
「…カルナさんかぁ。どうもしないです。呼んでるんですよね、すぐ行きます」
ノックも合図も無しに開いた扉の先、私の姿を一瞬探したカルナさんがすぐに私を見つけて首を傾げた。と言うのも私が部屋の机にべったりと頬をくっつけて項垂れていたからだろうと思う。特異点の解析についてのレポートを作っていたのだけれど、まあなんと言うか言葉にし難いものばかりでなかなか進まないのだ。一番頭を抱えたのはチェイテピラミッド姫路城だよ。あんなのどうやって説明すればいいんだ。
机から頭を起こしてボサボサになっているだろう髪を手で梳いていく。部屋の外に出ないと思っていたから割と適当な格好をしている。カルナさんは何故か無遠慮にも入ってくるわけだけれど。
「疲れているな」
「んんー、まあ、疲れてないとは言いませんけど。大事な事ですから、ちょっとくらい無理もします」
「休んでから行くといい。急ぎだとは言われていない」
「…急ぎと言ってないだけでは?」
「それならそれでアナウンスか何かがくるだろう」
驚く間もなく抱え上げられ、私を簡易ベッドに横たわらせるカルナさんにため息をこぼす。何故か分からないけど、カルナさんはこうしてよく甘やかそうとしてくる。別に不満があるとかそんなことは無いので好きにさせているけれど、少し過保護すぎるというか。そういうのはガネーシャさんにした方がいいと思うけれど、私がカルナさんに必要以上に甘やかされているのを、ガネーシャさんが生あたたかい目で見ているのも知っている。なんだその息子の成長を優しく見守る母親のような目は。何故助け舟の一つ寄越さないのか。
目の下を優しく撫でたカルナさんを見上げていれば、小さく笑って「寝ていいぞ」と言葉をかけてきた。違う、そうじゃない。
「呼ばれてるって知ってるのに寝れるわけないです」
「日本人の悪い癖だ。わーかーほりっくだったか」
「しししし失礼なっ」
「社畜?」
「もっと失礼!」
「ふふ。なまえは頑張り屋さんなだけだな」
面白いと笑い声を上げるカルナさんに黙り込む。あぁ、お布団ってなんでこうも人の体を優しく包み込んでくれるんだろうか。ただただ横たわっているだけなのに眠気が襲ってくる不思議。
「なまえは頑張り屋さんだが、隈を作るのは感心しないな」
「その頑張り屋さんっていうのやめてください。恥ずかしい」
「褒めているんだが」
「でも恥ずかしいんですよぉ」
「うん」
ゆっくりとした動きで頭を撫でられ、これは寝かしつけようとしていると分かりながらも抵抗できない。お布団の魔力ってしゅごい。こんなん逆らえん。ふわふわしてきた意識を悟ったのか、カルナさんが照明を落として「ダ・ヴィンチには伝えておく」と小さな声で言う。眠気はピークに達し、閉じた視界は真っ暗で、けれど耳だけはカルナさんの笑い声を微かに拾った。
どのくらいの時間が経ったのか。はじめに覚醒したのは耳、誰かが話している声が聞こえて、まだぼんやりとする意識の中で目を開けた。視界に映ったのはカルナさんの背中で、その向こうにいる誰かと話しをしている様子だった。少し寝てスッキリした頭に、ムクリと体を起こせば掛けられていたシーツが落ちる。ひょっこりとカルナさんの影から出てきた青い目をした我らが魔術師、藤丸くんが「あ」と声を上げた。
「やっぱりいるじゃん!!」
「いない」
「いやいやいや!めっちゃ不思議そうに僕たちのこと見てるじゃん!」
「アレは布団の妖精だ。あそこから離れたら段々と小さくなって、最後には塵となって消えてしまう」
「ファンシーにしたいのかホラーにしたいのかどっち…」
「この英霊、平気で嘘をつきやがる…」
帰って来ないカルナさんにダ・ヴィンチちゃんが呆れて、今度は藤丸くんが呼びに来てくれたという所だろうか。名残惜しくもベッドから抜け出して、藤丸くんに手を振れば笑って振り返してくれる。可愛い。ああ、可愛いなぁ本当にもう。纏めきれていないレポートをかき集め「工房で待ってるらしいです」と元気に廊下を走って行った藤丸くんの背中を眺めた。
「眠れたか?」
「それはもうぐっすり」
「そうか。送っていこう」
「いやいやそんな、敵地に向かう訳でもないの、にぃっ!?」
レポートや参考資料を適当にファイルに詰めたところで足が地面から離れて声が裏返る。唐突に女性の体を抱き上げるなんて暴挙に出たカルナさんを殴らなかった私を誰か褒めて欲しい。心臓が飛び出るかと思った。と、そのまま部屋を出ようとするカルナさんに、私は悲鳴のような声で制止の言葉を投げかける。
「おおおお、おろしてくださいまし!?」
「本調子ではないだろう?それにオレが抱えた方が早い」
「もう十分休めたのでっ!」
「遠慮しなくていい。寧ろ我儘を言ってくれ。全てを叶えることは出来ないだろうが、最善は尽くそう」
「み゛ょぉ」
少し微笑んでこちらを見下ろすカルナさんに、私はもう何かが潰れたような声を出すしかなかった。せめてとファイルで顔を隠していたけど、カルナさんがこんな事をするのは私ぐらいしかいないとほぼ全員が知っているので、あまり意味はなかったりする。気持ちの問題である。
その後「イチャつくのは部屋でして」とダ・ヴィンチちゃんに言われた。解せぬ。
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