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▼ 松野家長姉は何も知らず

目を開けてから先ず気付いたのは、体が思うように動かないこと。背中に回された腕は結束バンドか何かで柱に固定されていて、何が起こっているのかと周囲を見回した。所々天井に穴の空いたその部屋というよりも倉庫には、錆びたコンテナが至る所に置いてあり、同じように見知らぬ男が数え切れないほどいた。動揺から恐怖を感じたのは、その一人一人がテレビや漫画等でしか見たことの無かった銃火器を持っていたからで。
カランと蹴り上げた錆びかけた空き缶は意外にも天高く飛んだ。帽子を抑えてそれを見ていた男は、感心する様に声を上げてくるりとこちらを振り返る。幼い頃に見た事のあるそれは、私を青褪めさせるには十分だった。


「おはよう、そして久し振りだなぁ、お嬢さん。綺麗な洋服を汚して悪いな」

「…どうして、貴方っ」

「あー、“どうして刑務所の中にいないのか”って?不思議だよなぁ、世の中。金さえ払えば犯罪者だって平気で出て来れる可能性ってのがあるんだから」


ケラケラと笑って見せた男はその昔、私たちの家で生活を共にした東郷という男だった。まだ小学生だったおそ松とチビ太が確かにその体に縄を掛けて警察に突き出したはずだった。笑う東郷の言う通り、刑務所から出たこの男は鬱憤を晴らすために私の前に顔を出しに来たのか。睨む目とは反対に恐怖に震える体を見てか、東郷は更に口角を釣り上げてみせる。


「強気な所は昔と全く違うなぁ。いいな、俺好みだ。でも残念。今日はお嬢さんの弟達に用があるんだよ」

「何をっ」

「ああ、心配しなくてもお嬢さんには何もしないさ。“何も知らない”お嬢さんはただ黙って見ているだけでいい」

「首領、標的動きました」

「ああ、始めろ」


何を始めようとしているのか、まさか弟達に危害を加えようとしているのか。途端に恐怖も何も忘れ、カッと頭に血が上って叫びそうになるも、分かっていたかのように口をその手で抑えられ、態とらしくしぃっと人差し指を立てて笑う男を睨み付ける。慌ただしく倉庫を走り回る男達を一瞥して、私の口を抑えたまま笑った東郷はゆっくりと口を開いた。


「俺は存外優しい男でな。お嬢さんの弟達がひた隠しにしている秘密を教えてやろうと思ったんだ。気になるだろう?実の姉だというのに、弟達に隠し事をされるなんて。ああ、気にならないなんて言葉は聞こえないフリをしてやるよ。俺は優しいからなぁ。さて、ここにいる男達はお嬢さんから見て何人いると思う?…ふ、安心しろよ、100人程だ。外には50人。合計で150人程度。そいつ等全員に見た通り武器を持たせてある。ある程度腕も立つ奴らも混ぜていてな、いや大変だった。松野に恨み辛みを持つ輩は殆ど殺られてたからな。お嬢さんをこうして招いたのは弟達を招くため、まあ言い方は悪いが餌になってもらったんだ。何しろあの弟達は昔から随分と姉に執着しているようだからなぁ、これで弟達の秘密も分かるんだから万々歳だろう?なに、安心しろよ。たった150人程度であの弟達は死にはしない。むしろ、俺の苦労が一瞬で泡になるだけだ。だが怒りはしないさ、言った通り、俺は優しいからなぁ。あの糞餓鬼共の青褪める顔が見られればそれでいいんだ」


あいつ等はただの捨て駒も同じなんだよ。そう言った東郷に言葉を返すことが出来なかった。
たった六人。しかもちょっと喧嘩が強いだけの私の弟たちは、武器を持った男達を圧倒するような力なんて持ち合わせていない。東郷の話を聞いていく度に体の力は抜けて、途中から震えは強くなっていく。もう睨む気力さえなくなっていて、頼むから来ないで欲しいと、警察を呼んでほしいと強く祈る。簡単に人を殺せる武器を持った男達に、私達のような一般人が敵う訳無いんだから。
耳に聞こえてきた発砲音とそれに呼応するように叫ぶ男達の怒声と嬌声。ハッと顔を上げて遠く見える倉庫の入口に視線を向ける。外からは次第に音はなくなり、先程までの喧騒も無くなってきて、倉庫の中は不気味な程に静まり返る。隣で笑う東郷だけが異質なものに見えた。
カランと穴の空いた天井から降ってきたそれは軽い音を立てた後で真っ白な煙が噴き出し。途端騒ぎ出す男達と、見越していたようにガスマスクを私と自分に取り付けた東郷は顎で入口を向けと指示する。異物感に眉を顰めながらもそちらを向けば、腕で口元を覆い銃をある一点に向けて撃ち込んでいる男達の姿。テレビでしか見たことのないその様子は、私に恐怖を植え付けるには十分過ぎた。やがて真っ白な煙は室内全体を覆い、視界全てが白に埋め尽くされ、耳を塞ぎたくなる発砲音も唐突に止んだ。その後に聞こえた声は、こんな所で聞きたくない声だった。


「あーっ!もうっ、全く見えねー!トッティやり過ぎじゃねぇ!?俺ちょっと寝そうになったよ!?」

「仕方ないでしょ!なまえ姉さんに見せない様にって睡眠効果も混ぜたものだったんだから」

「こんな所で寝たら盾にされるのがオチだよおそ松兄さん。さっさとなまえ姉さん探して帰ろう」

「行くぜブラザー!俺たちのスリーピングプリンセスが俺達という救いを求めて待っている!」

「黙ってろクソ松。十四松、早くこのうざったい霧払って」

「はーい!んじゃあ巻き込まれないでね、みんな!いっくよー!」


聞こえた声は全く聞き間違いのないそれで、突如室内に台風でも来たのかという程の強風が襲う。それと同時にマスクを剥ぎ取られ、ニヤつく東郷がするりと頬を撫でて顎を固定し、耳元で低く囁いた。


「ほぉら、お嬢さんよくご覧。コレは全て君の弟達がやった事だ」


晴れた視界に映りこんだのは、息を呑むほどに凄惨な光景だった。赤。赤。赤。床やコンテナ、壁に飛び散った赤と鉄臭い異臭に、100人はいるといった男達が倒れているそれ。立っていたのは見知った六人で、見知らぬ黒のスーツとそれぞれの色のシャツを着込んでいる。「ぅ、」と小さく言葉を発したまだ息のある男に、緑の弟はその手に持った銃で止めを刺した。何の躊躇も無かった。先程とは違った恐怖に体は震え、くつくつと喉で笑う東郷に気付いた六人がこちらを見、そうして同じ顔で目を見開いた。


「ね、姉さ、何で寝てないの…?」

「…ぁ、なまえ姉さん、嘘、今の見て」

「嘘…僕、だって、あの睡眠薬は」


下三人の弟達は起きている私を見て酷く動揺しきっていた。今にも逃げ出しそうな雰囲気の三人の前に立つのは上三人の弟達。


「何でアンタがこんな所にいんだよ」

「なまえ姉さんを返してもらおうか…」

「姉さんに触ってみろ。その頭ぶち抜く」


鋭く睨む三人をものともせず、東郷は声高に笑う。もう何も考えたくない。さっきの煙に睡眠効果があるのならそれで眠ってしまいたかった。そうしたら、きっといつもの日常に戻れたはずなのに。


「現実から目を背けるなよ。日常に戻った所で、お前の弟達がやった事は変わらない」

「このっ、」

「やめろチョロ松!」

「それじゃあ俺はここらでお暇するよ。今度は別の機会でまた会おうな、お嬢さん」

「っ、待て!!」


チョロ松が撃った銃弾は東郷には当たらず、叫ぶおそ松に目をやったカラ松の隙をついて、東郷は耳元でそう言って影に溶け込むように姿を消した。
静まり返るその中でブツリと結束バンドをナイフで切り落としたカラ松に礼を言いつつ、少し赤くなった手首を擦る。痕になるかなぁなんて考えて、座り込んでいる私の周りを囲んでしゃがむ六人に目を向けた。


「なまえ姉さん、その、あのねっ」

「十四松」


眉を下げて何かを口にしようとした十四松に、カラ松が制するように目を向ける。途端口元を抑えて視線を下げたそれは泣き虫だった頃の十四松で、思わずその頭を撫でて慰めなければと手を伸ばす。それを止めたおそ松は、祈るように私の掌を握って真っ直ぐにこちらを見、へにゃりと情けない笑みを浮かべた。


「なまえ姉さん、俺たちと話をしよう」


強ばった表情を必死に隠そうとしているのがバレバレで、思わずその頭をかき抱いてやった。


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泣き出す六人を慰めるのが、
昔から私の仕事だったと思い出す。




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