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▼ デレるおそ松を買う

時計の短針と長針がピッタリ重なったお昼のこと。六つ子の部屋でソファーに座る私と、六つ子の長男のおそ松を床に座らせたちょっと不思議な状況。別段可笑しいとは思わない人もいるだろうけど、おそ松が正座待機しているのだからちょっと首を傾げるかもしれない。呼び出したのは私で、場所を指定したのも私。おそ松はそれに従ったまでである。何も言わずに真っ白な封筒を取り出して、眼下のおそ松に差し出す。


「なにこれ?」

「お金」

「金!?何で!?返さねぇよ!?」

「お願いがあるの」


流石ニートと言うべきかなんと言うか、中身が金銭だと分かると片手で受け取ったそれを大事に両手で胸に押し当て、返さないアピールをしてくる。騒ぐなという意味を込めて手で制して、きゅっと唇を結んで黙り込んだおそ松に本当に現金なヤツだと思った。


「今から九時間、私に対してデレてほしい」

「………はぁ?」

「うん、ちょっと今のは違うか。彼氏になってほしい」


九時間だけでいいから。そう言えば、訝しげな顔をしていたおそ松が驚いた様に目を丸くさせて「へ?」と本当に小さな声を発した。
おそ松を含めた六人が、幼馴染のトト子ちゃんに好意を持っているとは知っている。けれど私もちょっと火急の用事、金銭を出しても構わないほどには切羽詰まっている状況なのだ。勿論それはおそ松じゃなくても良かったんだけれど、お金にがめつい、弱い、だらし無いのはこの男が他の五人より僅差で勝っているだろうなと思って。私の予想通り、おそ松は封筒をズボンのポケットに押し入れつつ「いいよぉ」と破顔した。


「買い物?」

「そう。付いてくるだけでいいから」

「そう言うなって。俺だって荷物ぐらい持つよ」

「…そうなの?」

「だぁって俺、なまえの彼氏でしょ?」


サラっと手を取られてニコニコ笑うおそ松に、お金の力って偉大だなぁなんて思いつつ、流石に全部持ってもらうのは気が引けたので荷物は半分持って手を繋ぎ続けておいた。気付けば車道側をキープしている辺り、なるほど確かに恋人っぽい。
休憩で立ち寄ったカフェで、頼んだケーキに付いてたらしいカットリンゴをあーんされた。ここで重要なのが私があーんした訳じゃなく、おそ松が私にしてくれたという点。何に対しても共有なんてした事無さそうなおそ松が、そう考えてから内心首を傾げる。そう言えばおそ松はよく私に物を食べさせたがるなと。ならこれは恋人らしいとはいえない、普段のおそ松と何ら変わりない。


「美味しい?」

「…リンゴはそんなに好きじゃない」

「え、嘘。ごめん」

「いいよ。おそ松、鼻にクリーム付いてる。女子か」

「マジで?可愛い?」

「はっ倒すよ」

「なまえ怖い」


大袈裟に体を震わせるおそ松の頭を軽く叩いてやった。二十歳超えたニートに可愛いとか思わないよ、馬鹿か。注文したレモンティーで口直ししつつ、携帯を見る。トークアプリで絶叫している自分の兄に心底深いため息をついて、伸びてきた一口サイズのケーキに口を開けた。
おそ松と恋人になるハメになった原因というのが、私の実の兄にある。この兄、シスコンを拗らせ過ぎて彼女が一度たりとも出来たことがない。両親はそれに対して、どうにかしてくれと私に話を投げてきてくれやがったので、強硬手段に出ることにしたのだ。彼氏がいることを知れば流石の兄でも泣いて妹離れが出来るだろうと。現に効果を表し始めているのだから面白い。


「なぁなぁなまえ。今日の晩飯とかってもしかして作ってくれたりすんの?」

「そのつもりだけど。おそ松が帰らなくちゃいけないなら晩御飯まで付き合ってくれなくていいよ」

「そんな寂しい事言うなよ。あと四時間はなまえの彼氏なんだし」

「…何でそんなに嬉しそうなの、おそ松」

「んん、べーつにー?」


買い物袋を覗くおそ松に首を傾げて、帰宅した我が家に招き入れる。もう流石に兄も諦めたらしく、トークアプリで泣き言を呟くだけになっていた。兄の方はもう気にしなくていいから、後は何故かノリ気になっているおそ松の相手をして帰らせれば、今日はもう大丈夫だ。ご飯を食べて、お茶をしながらお礼を言おう。
家に人が来るのは久しぶりだなぁなんてちょっと感動していたからか、少しばかり晩御飯が豪華になってしまっておそ松に「張り切り過ぎ」と笑われてしまった。何も言われずともお皿を出したり、お箸を用意したりと、本当に家で何もお手伝いしてないのか疑問である。


「美味い!俺の舌にちょうど合ってる」

「濃い目が好きなの、おそ松?」

「んー、なまえのご飯だったら何でも好きかもね」

「ありがとう…」


ちょっとドキッとした。ニートのくせに生意気だ。いつも通りに笑うおそ松は、ふと時計を見て「そろそろかぁ」と言った。私も倣ってそちらを見れば時刻はもう20時半。意外にもあっという間だったなぁと食器を片付けて(おそ松も手伝ってくれた)お礼を言えば、おそ松は驚いた様に目を丸くした後で鼻を擦って笑った。


「なまえはさぁ、始めデレてほしいって言ってたよな」

「うん。言葉を間違えたね」

「俺ってさ、なまえにツンツンしてる?」

「……いや、そんな感じはない、けど」

「だよなぁ」


いつも通り、いつもの様に、いつもと同じく、おそ松は私に接していたと思う。彼氏というよりかは、普段と変わらない態度で過ごしていた。友達の時と変わらない対応だった筈だ。はて、では兄は何をあんなに嘆いていたのやら。悩む私を前に、おそ松はへらりと笑って、頭を撫でてくる。


「こんな機会が無いと言えなかったんだけど」

「うん?」

「俺ね、なまえにはかなり特別扱いしてんの」

「……そうなの?」

「そうなの。よく言うだろ?好きな子は特別ってやつ」


一つ、二つ瞬きしてから、トト子ちゃんはどうなんだと口を開きかけた。その言葉を既の所で呑み込んだのは、おそ松が照れたように笑って自分の後ろ頭に両腕を回したからで。その顔はいつもと変わらなかったけれど、耳は真っ赤になっていた。本当の事なんだなぁと理解して数秒、私は真っ赤になりかけた顔を両手で覆う。時刻はもう21時を過ぎていた。


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