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▼ クロスと言峰とウルフウッド、三つ巴の戦い

以前教会の話はしたと思う。複数人の神父様やシスターがこの教会を管理していて、最早色んな神様がごっちゃになっているだろう、ある意味凄い力を秘めている神聖な場所。何が凄いって私が礼拝堂に一人でいる時に姿を現す神様の数である。まあ友好度を高めるために、あわよくば仲良くなるために彼らとよく話をするんだけれど、中々離してくれなくて困ったりする。まあ姿が見える人が珍しいからって言うのもあるんだろうけど、後の牧場仕事に響くからもう少しお手柔らかにお願いしたい。
少し話が脱線したけれど、その教会からお声が掛かったのである。とうとう神様に悔い改めるような事をしでかしたのではと、泡を吹いてぶっ倒れそうになったものの、何とか持ち直して青ざめながら教会へハヤブサに跨りやってきた。火神くんが配達してくれた手紙に「茶菓子を持参すること」とか書いてあったから、忘れずに鞄の中にクッキーともしもの為にと高品質の茶葉を持ってきた。あと何人いるか分からないけれどホールケーキを二つ。いや別にこれで罪が軽くなるとかそんな事全然考えてない。神様の気の迷いで許してくれるんじゃ…とかそんなの考えてない。


「入り難い…」

「なまえ?」

「ひゃいっ!?」


教会の扉前、突如背後から掛かった声に驚き変な声が出て慌てて弁解するべく振り返った。何だその返事は牧場主って奴はちゃんとした返事も出来ねぇのかアンコルァ?みたいな感情を押し殺しているんだろうクロスさんが口元を引き攣らせて立っていて、まだまだ未熟者の私のせいで全世界の牧場主があらぬ誤解を受けてしまうと慌てて取り繕って挨拶した。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、そっとその端正な顔を見上げれば、怒っていないことを察する。良かった。私のせいで牧場主という株が下がってしまうなんて首吊り案件に繋がる。まだ私は生きていたい。


「可愛い返事だな。何か用があったのか?」

「ええと、教会の方からお招きがあって」

「ほう?そいつは知らねぇな」

「そうなのか。教会側からの手紙だったからクロスさんも知っているのかと」

「…丁度いい。俺も用があったから一緒に入ろう」


仮面で半分隠れた顔は、悪そうな笑みを浮かべている。けれど聞いてほしい。もう何十回と言ったかもしれないけど、この街の住人の顔面偏差値は恐ろしく高いレベルなのだ。つまり悪そうな顔をしてもビックリするほど様になる。しかもクロスさんはそういった表情がもうドハマリしているというか。今でこそ見慣れたものの(動揺はするけど)、ここに来た当初は本当に卒倒する事もあった。誰も彼もが美男美女、美少年美少女で平々凡々の私からすれば世界が違うとさえ思ったほどだ。
当然のようにしかも驚く程自然な動作で手を取られ、まるでエスコートするように扉を開いたクロスさんに内心素数を数えて必死に落ち着かせる。見慣れた教会の中をぐるりと見回すより早く、聞こえてきたのは忙しない足音と、よれたスーツを着た男性の姿。


「待っとったでなまえちゃぶふっ!?」

「うるせぇぞ似非牧師」

「大丈夫か、なまえ?」

「え、あれ、うん」


クロスさんの長い足の先で顔面を強打した男性、ウルフウッドさんに声も出せなかった。というより私を庇うように前に立つ言峰神父は一体いつの間に現れたのか。ズルリと靴裏から滑り落ちたウルフウッドさんに悲鳴を上げそうになって、慌てて傷薬を鞄から引っ張り出す。見事にその顔に靴の跡が残っていた。


「なまえ、放っておいてもその男は死なない。薬が無駄になる」

「私は痛いのは苦手なんだ。きっとウルフウッドさんも痛いのは嫌いだろうし」

「あー、クッソ。おい似非牧師、靴が汚れた。買い直せよ」

「アンタ自分からやっといて凄い横暴やな!」


長椅子に腰掛け、ウルフウッドさんの顔に傷薬を塗り込んでいく。痛いかと聞けば、ちょっとだけなとへにゃっと柔らかく笑われて口を閉じる。ちょっとだけとは、あの勢いで顔に跡がいくぐらい強打したというのに、ちょっとだけだと?ま、まさかウルフウッドさんは痛いのが…やめておこう。こんなの私が口に出して、お前には関係ないやろボケとか言われたら立ち直れない。
言峰神父もクロスさんも仲が良いとは言えないけれど、何だかウルフウッドさんに対しての当たりが強い気がするのは気のせいなんだろうか。


「ところで言峰神父は何処かに行ってたのか?」

「ああ、今夜の晩御飯の買出しに。麻婆豆腐をな」

「アンタが作る麻婆豆腐は麻婆豆腐とちゃうわ。あんな劇物、料理やとは思っとらんで」

「それに関しては同感だ。アレは料理を冒涜してるとしか言いようがない」

「ほう、料理をしたこともなさそうな貴様らにだけは言われたくないが」

「何故こんなに雰囲気が悪いの…」


バチバチ火花が散っている気がする。何だろう、この場違い感は。私は一度帰った方がいいんじゃないだろうかと思う位だ。穏やかじゃない。ちなみに私は言峰神父の麻婆豆腐は見た事がないんだけれど、少しだけ興味があったり。料理は基本的に嫌いなものがないから食べてみたいし、あわよくばレシピとか貰えるととても嬉しい。
兎に角落ち着くようにと持ってきた茶葉やクッキーでティータイムと洒落こんだ。そこに持っていけた私は今世紀一番の勇気を振り絞ったと思う。いやマジで。


「ていうかなぁ、俺が誘ったんはなまえちゃんだけやねんけど」

「一人抜けがけたァやるじゃねぇか。住人に知れたらどうなるかな」

「明日の朝日を拝むこともできんな、フッ」

「アンタ等ホンマに性格悪いな!」

「誘ってくれたのはウルフウッドさんだったのか」

「嫌やった?」

「そんなことない、嬉しい」


正直お誘いを受けること自体が非常に嬉しい。な、仲良しみたいでとても、うん、凄く嬉しい。思わず口元が緩んでしまった。いや本当にすまなかった。ウルフウッドさんが瞬間的に顔を逸らして首から凄い音が聞こえたけど大丈夫なんだろうか。オロオロしたけど言峰神父もクロスさんも助けてくれないどころか、二人共机に突っ伏してる。どういう事なんだ。


「せ、せや。今日なまえちゃん呼んだんはお願いがあってやな」

「あ、うん…。なんでも言ってくれていい」

「え、なんでも?」

「よっぽど死にてぇらしいな」

「悲しい事だ。遺言だけでも聞いておこう」

「ジョークも通じへんのか!ええい、単刀直入に言うけど暫くなまえちゃんトコで働かせてくれへん!?」


物凄く凶悪そうな笑みは流石に震えた。慌てて叫ぶように言ったウルフウッドさんの言葉に目を丸くする。働かせてほしいとは、一体どういう事なんだ。首を傾げて理由を聞けば、金欠でヤバいとのこと。ご飯とか食べるのも少し難しいレベルらしい。なんてこったい。こんな風に人から頼られたのは恐らくきっと初めてのような気がして、任せてほしいと力強くその手を握る。美味しくはないかもしれないけどご飯もちゃんと用意する。寝床もお給料の方もしっかり用意しよう。だから安心して私に任せてほしい。そう言えば何故か顔を片手で隠して震えられた。こ、怖がらせてしまったんだろうか。猛省。


「なまえちゃんイケメン過ぎやろ…」

「魔性の女か…、いいな」

「なまえ、この男の寝床は私が用意しよう。それと、私も君のご相伴に預かってもいいかな?」

「!、勿論。みんなで食べるご飯はきっと美味しい」


笑ってそう言えば、三人が揃って机に突っ伏した。あれ程気軽に言葉を発するのはやめた方がいいと考えていたのにっ、この口は全くちょっと油断するとこれだ。でも喋れなくなるのは嫌なので誠心誠意、心の内で土下座しておく。意味ねぇだろとか言わないでほしい。
ちなみにホールケーキは教会の皆へのお土産として、もう一つは神様に捧げる献上物として渡しておいた。まさか皆(教会陣も神様も)ケーキ大好きだとは思わなかった。目の前で繰り広げられるケーキ争奪戦に、また作ってくるから争わんといてぇ!とか言うハメになるとは思わなかった。


□250,000hit記念



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