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▼ オカン系佐助の愛情

「…あー、疲れた」

「おかえり、なまえ」


思い切り閉まった玄関扉に頭をぶつけた。誰もいないはずの家の中に人がいた。幸いだったのは知らない人ではなかった事である。ひょっこりと顔を覗かせた佐助の顔を見て、忙しなく動く心臓が徐々に落ち着きを取り戻していく。扉に背中を貼り付ける私を見てか、小さく吹き出した佐助はひらりと手を振ってもう一度おかえりと口にした。


「何でいるの…?」

「えー、そんな事言っちゃう?俺様なまえのために頑張って焼き菓子作ってたんだけど」

「先に言ってよもう、佐助大好き」

「俺様は愛してる」

「ごめん、そこまでじゃない」


芳ばしい匂いが部屋に充満してると思ったらそういう事か。料理上手の同い歳の男の子と言えば聞こえはいいけど、私の部屋に入り浸っては好き勝手世話を焼いてくる佐助。お陰で私の女子力は日を増して低下していた。なんてこったい。まあ今そんなことを話しても仕方ないし、私が聞きたいのは鍵を掛けて出ていったはずの家に、どうやって佐助が入ってきたのかというところなんだけど。チラリとテーブルを見遣れば、私の家の鍵が佐助の手荷物らしきものと一緒に置いてあった。私の鞄の中を見れば、同じものがそこにある。


「一応聞くけど、この鍵は?」

「今の時代って便利だよねー」

「こんなの絶対おかしいよ!」


作ったと言外に言われて思わずテーブルを叩けば、落ち着くようにと紅茶と焼き菓子、クッキーを出された。お前のせいなんだよお馬鹿。でもお菓子に罪はないので手を伸ばして口に放り込む。美味しい。料理もできて洗濯もできて、掃除をやらせてもピカイチで。八百屋で値切ってる姿を見た時は主婦かとツッコミそうになった。女子力ってかこの男は主婦力が凄い。しかも仕事も出来る、完璧かよ。それでも彼女はいないらしい。何でだよ。
サクサクサクサク。焼きたてのクッキーは最高だなぁなんて思いながら、当然のように目の前に座った佐助を見る。邪魔な前髪をカチューシャ(私の物を私以上に使いこなしている)で留めて露わになったその顔は、語彙力の乏しい私ではイケメンとしか言えない。この精悍というか男前というか、取り敢えずとんでもなく整った顔を言葉に表せないのが非常に残念極まりない。


「なーに、そんな見つめちゃって。もしかして見惚れてた?」

「ホントに顔はカッコイイのに」

「中身もカッコイイからかなりの優良物件だぜ?」

「いや、だぜ?って言われてもな…」


紅茶を啜る。甘いクッキーに合わせたストレートティーは最高である。頬杖をついて細めた目で私を見てくる佐助の破壊力(色気の暴力)といったら、見慣れたはずの私でも照れに視線を逸らしてしまうほどだ。見慣れた反応じゃ無いとか言ってはいけない。
佐助は結構前から、いわば学生の頃からそれはもう熱烈なアピールを私相手にしてくる。初めの頃はそりゃもう罰ゲームかと疑ってた私だけど、それが長期に続けば流石に「あれ?」となるもので。決定的だったのはそれが原因で、佐助ファンからの呼び出しがあった時。女子複数人から暴力を受けそうになって、それはもう鈍い音が耳に届き、振り返ったまま固まる女子の肩越しに見えたのは、壁の中に手を突っ込んで無表情でこちらを見ている佐助の姿。コンクリート壁をぶち破るという人間離れしたその行動。拳から血が滴り落ちているにも関わらず、佐助は無表情のまま地を這うような声色で「消えろ」と一言。チビらなかった私は凄いと思う。泣きながら走り去って行った女子達を見もせず、あまりの出来事に座り込んだ私の前に膝をついた佐助に、なんで来たのかと聞いたら。


「好きな子が傷付けられるのを黙って見てるとか、俺様そんな趣味悪くねぇっての」


その言葉と行動が決定的だった。一般的な反応ならそれに落ちて見事恋人へ…、みたいな展開が多いんだろうけど私は違った。というか私の性格が図太かった。ありがとう、次あったらまた助けてね。コレである。まあそれから佐助が堂々と付き纏う、基好意をひけらかす事になったんだけれど。


「あー、そんな食べたら晩御飯食えねぇって」

「嗚呼っ!私のクッキー!」

「残りは食後。今日は秋刀魚が安くてさー」

「話がもうお母さんだよ。大丈夫?性別偽ってない?」

「なまえのお母さんってのも面白そうだけど、俺様は男でありたい」


クッキーと紅茶を取り上げて、綺麗な焼き色をした秋刀魚の塩焼きと白米、味噌汁に冷奴と茄子の浅漬けを出してきた佐助。そこにプラスして、私が最近ハマっているプチトマトがお皿に盛られてやってきた。


「なまえはさ、俺様のことどう思ってる?」

「好きか嫌いかってこと?」

「いやー、そうじゃなくて。怖いとか、思ったりしねぇ?」

「合鍵勝手に作るのは怖い」

「あー、ハハ」

「でもそれ以外は別に」

「…ん、そっかぁ」


お茶碗片手にそう答えれば、何故か嬉しそうに笑う佐助。何を喜んでるのかは知らないけど、怖いとか合鍵云々で思ったことなんて無い。寧ろ好意的だ。現金だけれど美味しいご飯作ってくれるし、お風呂の準備してくれるし、気が付いたら掃除してくれてたりする。同棲とかしてないのに。いや本当に何で私、佐助と付き合ってないんだろ?不思議で仕方ない。でも何故か佐助と付き合ってはダメだと、よく分からないけど脳が叫んでいるのだ。付き合うとか同棲とか、そんな単語を彼に向けて発したら何かが確実に終わる、そんな直感が湧いてくる。だから学生の頃も一定の距離を置いて、あんな事があった後も友達でい続けた。


「今度は絶対に逃がさないぜ?」

「今度も何も、高校も大学も一緒だったでしょ」

「アハハー、こっちの話」


笑ってそう言った佐助の目は、全くといっていい程笑っていなくて。思わずお箸を突き立ててしまったプチトマトが破裂して、飛び出た液体がまるで血のようで吐きそうになった。どうしてそんなものを見た事があると思ってしまったんだろう。


□250,000hit記念
今生は出来るだけ穏便に。
手荒な事は前世だけで充分だろう?




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