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▼ 坂田先生に手紙を書いた

手紙。特定の相手に対して情報を伝達するための文書のこと(wiki先生)。
誰もいない屋上でフェンスを壁に凭れながら、つい先程調べた手紙の意味を思い出す。まっさらだった便箋の中央部分に短く書き記されたそれは、情報とは言い難いものだなぁとため息をつく。
恋文を書いてみたのだ。あろう事か私たちを優しく教え導く人生の先生に対して。…語弊があった。優しくも導くもなかった。様々なことは教えられはしたものの、あの先生は導くなんてことはせず、私たち自ら進むことを教えてくれた。良い先生であるんだけれど、日頃の行いが頗る悪いと思う。
だけれど。そんな先生に惹かれてしまったのだ。初恋は先生だなんて、今どきのライトノベルらしいだろう。…いや、もう古いのかな?そこら辺は詳しくないので知らない。
先生、担任である坂田銀八先生だ。名前の通り髪色は銀の天然パーマ、よれよれの白衣を身に着けたスリッパで構内を歩く先生だ。一体どこに惹かれたんだと言われれば心の底から困ってしまう。本当に自分自身も一体どこに惹かれたんだろうかと思ってしまうほどなのだ。
中央部分に簡潔に書かれた『好きです』の四文字以外は何も書かれていない。私の名前であるなまえも書いていない。その四文字を書いてしまって満足したからというのもあるし、私が書いたことを知られたくなかったというのもある。その程度なのだ、私の気持ちというのは。今のところ。


「……貰っても困るんだろうなぁ」


意外にも真面目な所があるから。きっと気の迷いだと言って頭を撫でてくれるんだろう。珍しくその顔に苦笑を浮かべながら。これは99%の自信を持って言える。残りの1%は恐らく酒に酔ってOKを出すとかそんなん。先ずそんな状況に鉢合わせないけど。
丸めて捨てようと思ったけど、暫く考えてから手紙を折っていく。折り始めて一分ほど。手の中に置かれた少し歪な紙飛行機。久しぶりに作ったから飛ぶかすらわからない出来になった。これをここから飛ばしてもグラウンドに出ることは無い。私の目の前には屋上と廊下を繋ぐ扉があるだけで、背にはグラウンド。もし風に煽られてグラウンドに落ちたとしても名前の書かれていない恋文だ。私にも先生にも悪影響なんてものはない。


「そぉれ」


小さく出した掛け声と共に飛んだそれは思いのほかよく飛んだ。思わず自分でも感嘆の声を上げてしまうぐらいには。
だがしかし、タイミングがものすごく悪かった。飛んだそれがコンクリートの床を滑ったのと、屋上の扉が開いたのはほぼ同時。青ざめた私が反射的に紙飛行機を拾おうと走り出したのと、その人物が紙飛行機を拾い上げたのは、奇しくも同じタイミングだった。


「何これ紙飛行機?作ったのなまえちゃんか?」

「ごっ」

「ご?」

「ご名答です…」


銀八先生。え、何でそんな言い方?気にしないでください。
顔を下げ表情を見えないようにして何とも言えない顔をする私は焦燥感にかられていた。何としてでもその紙飛行機に書かれている一文が先生にバレるという事態は避けなければならない。別に名前を書いている訳ではないのだから焦る必要なんてこれっぽっちもありはしないのだけれど、そんな簡単な事にすら気付く落ち着きがなかったのだ。


「まあいいや。でもこれよく出来てんな。どんな折り方してんだ?」

「ちょっと先生!?何勝手に開こうとしてるんですか!?」

「え?いや折り方が気になって…」

「先生にはプライバシーが無いんですか!?紙飛行機にだって暴かれたくないところがあるんですよ!?」

「どんな紙飛行機ィィィ!?紙飛行機ってプライバシーあんの!?元は開かれたままの紙だろうが!透明の包装紙に飴が包んであるのと一緒だろうが!」

「私たちから見たらそうかもしれないけど、飴から見たらイタリア製のレースが付いたミカドシルクのドレスかもしれないじゃないですか!」

「どんだけ高級な飴なんだよ!ウェディングドレスじゃねーんだぞ!」


とまあ、こんなやり取りをすること三分。肩で息をしながら手を出す私と、意地でも渡すものかと紙飛行機を背にやる銀八先生。あれから一歩も前に進まない、それどころか後退するばかりだ。


「返してくださいよ」

「何か隠してそうだから、見てから返す」

「子供か!銀八先生、それを開いたら爆発しますよ」


私が。という言葉を飲み込んでじりじりとにじり寄る。さっさとその紙飛行機を渡せばいいのだ。先生はチラリと紙飛行機に目を落としてため息をつく。そうして何事も無く紙飛行機を開いた。開きやがったのだ。


「何をしてんですかぁぁぁ!?」

「おー、何だなまえちゃんったらラブレターなんて貰っちゃってんの?いやでもこれ名前書かれてねーじゃねーか。しかも何で紙飛行機にしてんだよコレ」

「……銀八先生なんてタンスの角に激しく小指ぶつけて痛みに悶えながら死ねばいいんだ」

「俺はちゃんと天寿全うするから、やめてくんない」


打ちひしがれる私を見下ろして目の前にしゃがむ銀八先生。差し出された手紙を奪い取りつつ顔を横に背ければ、よしよしと子供をあやすように頭を撫でられた。こんな予定ではなかったのに。畜生なんで私はこんな人のことが好きなんだろうか。


「返事はさ、ちゃんと卒業してから出してやるから」

「……え」

「目移りとかは、まあ、仕方ねぇけど」


なんてベタな展開なのだ。しかも1%の展開がまさかこんな結果になるなんて。先生はお酒なんて飲んでないけれど。
がしがしと自身の銀髪をかきながら、唸り声を上げて顔を一度下げる銀八先生を見ていることしか出来ない。もう一度私に向き直る銀八先生は、少しだけ照れくさそうに笑って首を小さく傾げた。


「それまで好きでいてくれるんならちゃんと考えるよ」

「……よろしくお願いします」


頭を下げた私は信じられない気持ちでいっぱいで、銀八先生から聞こえた照れたような笑い声に顔が真っ赤になるのがわかる。
何で知っているのかとか聞きたいことはいろいろあったけど、今はそんな気持ちにはなれなかった。


剋O万hit記念



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