■ まるで愛情のようじゃないか!

いい加減なまえに頼ってばかりいないで、無い素材はクエストで取ってきたまえと、彼の万能の天才にケツを叩かれたマスターは半泣きになりながらメンバーを選出した。先日召喚したばかりの新宿のアヴェンジャーのレベリングも兼ねた古参メンツには、キャスターのクーフーリンとライダーのマルタとアタランテ、それから俺こと最弱の英霊アヴェンジャー。マスターって運がいいのか悪いのかよく分かんないよなー。後メンバーはもうちょっと考えて選んだ方がいいと思う。そりゃまあある程度のエネミーに殺されはしないレベルだけど、万が一ってのがあるしな。


「なぁ、弓の姐さん。あと足りない素材ってどれぐらい?」

「マスターの様子を見ると、全く集まってないみたいだな。まだ暫くはかかりそうだ」

「ヒェー、労基に訴えてやろ」

「馬鹿な事言ってないで手ぇ動かしなさいよ!」


襲いくるゴブリンをものともせず、落ち着いた口調で言葉を返してくれたアタランテに溜息が出る。マルタに叱咤されても、後衛を任された俺が勝手に出るのもなぁと苦笑。マスターを見てもキャスターから何やら教えを受けている最中の様で、勝手に動いてもバレないなと息をついた。だからと言って最弱の俺がちょこまか動いたところで、過擦り傷を付けるぐらいなので黙って傍観に徹する。マスターは何を考えて俺を連れてきたのかさっぱりだ。


「おやぁ?アンタも来てたの?」

「立花くんの為にカルデアに来てるんだ。当然じゃない」

「ま、アンタに世話にならないように、ってあの才人がケツを叩いたんだけどな」

「知ってる」


今日はここまでにしようと近くの街へと移動して、各自自由行動を取ることになった。やることも無くプラプラ歩いていれば、当然の様に調達屋が街の中を歩いていたので声をかけてしまった。ダ・ヴィンチに気取られず、いつの間にレイシフトしてんだかなぁと考えるもまあ黙っておく。決して後が面白そうだとか考えてない。
カルデアではそこそこ、この調達屋は人気である。頼んだ依頼品は必ず期間内には届けられるし、人間関係の軽さといったらいいのか。愚痴や悩みなど、それからマスター関係の話等、様々な話が彼女に語られている。相槌を打ち時に話を少しだけ掘り下げる彼女の、言葉巧みなそれは聞き上手と言う。誰かに口外することは勿論無いが、自分の話は全くせず聞くに徹するのみ。故に彼女が魔術師で調達屋な事以外その他は不明である。


「うーん、恐ろしい」

「人を化け物みたいに見るな」

「人は誰しも化け物みたいなもんだろ」

「……まあ、否定はしない」


少し考えた後で頷いた調達屋に笑って見せた。
俺のことを「黒いお兄さん」と呼ぶ彼女は俺の真名を知っている、というか教えた。カルデアでクラス名なんて呼んで一体何人振り向くことやら。まだ俺のクラスは少ないものの、これから増えるかもしれないのに。とまあそういう訳で名前を教えたものの、彼女は一度たりとも俺の事を呼んでくれたことは無い。というかカルデアのサーヴァントの真名を、彼女が口にした事はあれど、呼び掛けている姿は見たことがなかった。


「なんで?」

「脈絡も無く話を進められても…」

「真名は教えたろ?もしかして忘れたとか?お兄さん悲しい…」

「覚えてるし忘れてない。悲しんでるふりをされても反応に困るんだけど…」

「ひひひ。まあいい加減教えてくれてもいいんじゃねぇの?」


態とらしく首を傾げてその顔を覗き込めば、面倒くさいとため息をついた。こちらを見てきた彼女の表情は見慣れたそれと変わりないものだった。そうしていつものように薄く笑みを浮かべて、人差し指を口元に立てて、気付いた俺は苦笑する。教える気がないなら期待させるべきじゃないってのになぁ。
両腕を頭の後ろで組んで、気にしてない風を装うけど内心はガッカリである。ちょっとは彼女の事を知れる機会だったかもしれないのに、まあ呆気なくそれは潰えた。


「あっれぇ!?なまえさん!?」

「こんにちは、立花くん。ご注文の品を届けに来たよ」

「ああああ!なまえさんホント好きです」

「ありがとう。私も立花くんは好きだよ」

「マスターが才人に怒られるのが容易に想像できるぜぇ」


どうやら調達屋がここに来てたのはマスターに品を届けに来る為だったようで。いつの間に頼んでいたのやら、意気揚々と受け取るマスターには笑うしかない。というかこの調達屋、ちょっとばかり甘過ぎる気がする。カルデアにもマスターの世話係みたいな者がいるが、そこはそれ、飴と鞭の使い分けをしっかりしているから甘過ぎるなんてことは無い。世話係にいつか彼女も怒られるんじゃないかと見ていれば、喜ぶマスターの頭を撫でている調達屋は気付いたように俺を見。


「甘やかすのは大人の役目だ」

「そうだろうけど」

「学生らしい立花くんを見るのは良いものだ」


そう言えば、年相応のマスターを見るのはいつも彼女の傍だった気がする。いやまあマスターはいつでも子供らしいと言うか、でも何処か気を張っているというか、それがいつも崩れているのは彼女と話している時。いつも自然な笑顔だけれど、マスターが気の抜けたような、柔らかく笑うのは彼女の前が多い気がする。


「まあでも、万能の天才に何か言われたら立花くんに甘過ぎるのも直さないといけないかもしれない」

「!?」

「俺らももっと頑張らねぇとなぁ、マスター」

「う、ぐ…。頑張る」


そこで泣いて縋らないマスターの頭を撫でる調達屋は、懐かしいものを見る目で薄く笑みを浮かべていた。いやぁ、ちょっとは大人になったなマスター。
優しく撫でるその手つきを暫く見続けて、試しに調達屋に頭を突き出してみた。マスターが驚いたように俺を見て、彼女は一度目を瞬いた後にこちらに手を伸ばした。


「あー…、なるほど。これはクセになるなぁマスター」

「うん。なるよね」

「暫くは調達屋の弟にでもなってみるかな」

「こんな真っ黒な弟いらない」

「悲しい」


わしわしと頭を撫でられる感覚はなんとも言えない心地良さを感じた。マスターが撫でられてふにゃふにゃ笑ってるのも納得できる。呆れた様なそんな顔で息をついた調達屋は、それでもゆるりと笑って見せた。


2017/10/17
まるで愛情のようじゃないか!
(見てるだけじゃ分からないものもあるもんだ)