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「まァ、国境だなんだのは政府に任せるしかねぇだろ。そんな事より俺たちの前の問題は、」


一度言葉を区切った坂田さんに全員が顔を向け、何を言い出すのかと口を閉じる。至って真剣な眼差しの坂田さんは顔立ちが整っている女性だけあって、多分男の時よりも人気が出るんじゃないかと思った。そういった趣味は全くないけど、好きな顔立ちである。それも伴い何を言うのかとその顔を逸らさず見続けていれば、次第にその白い肌に赤が挿し目は泳いだまま口を開いた。


「お、オシッコ、どうすんの?」

「どーでもいっ…!!何照れてんだアンタァァァァ!?」

「うるせぇぇぇぇ!!男とは言えなまえにこんだけ見つめられる機会なんざ無かったんだよォォォ!」

「ヘタレアルからな、銀ちゃん」

「何これ何なのこの気持ち!?男の時なら普通に言えてた下世話な言葉もオチオチ言えねぇ!」


恥じらう乙女のような顔で言ったそれに、新八くんが言いかけたツッコミは視点を変えて坂田さんへと突き刺さったようで。爆発したかのように怒鳴り声に近い声を店内に響かせる坂田さんに、神楽ちゃんの容赦ない一言が入った。豊満な胸を鷲掴んで叫ぶ坂田さんを一瞥して、お妙ちゃんを見れば肩を跳ねさせてそっと視線を外される。成程、私は思っていたよりも顔立ちの良い男になっているらしい。


「可愛らしい反応だな?」

「なまえさんっ!?」

「何を!?」

「あー、悪い。からかってみただけだから、落ち着いてくれるか十兵衛さん」

「ちょっ、ちょっと待て!なまえはこのまな板女と俺とどっちがいいんだよ!?」

「何処の面倒くさい女!?」

「拗ねた顔が見たかっただけなんだ。許せ、な?」

「はっ、はい…」

「あっさり陥落された!!」

「流石なまえちゃん。男になったらごっさイケメンアルナ」


神楽ちゃんからの褒め言葉をもらったところで軌道修正。
坂田さんの言った厠問題は確かにそうだった。十兵衛さんが普通にしろと声を上げるも、正直私も男の体でどうやって用を足せばいいのか悩んでいた。まだ赤い顔のまま十兵衛さんの言葉を跳ね除ける坂田さんには呆れつつも、随分と逞しくなってしまった神楽ちゃんの頭を撫でる。


「だから普通のやり方がわかんねーって言ってんの。え?こんなカンジ?ごめん私達ちょっとおトイレに…」


そう言って何故かお妙ちゃんを連れて席を立った坂田さんに、またも視線は集まる。


「ねぇねぇお妙、アンタ誰がいい。とりあえずあのダサメガネはないわよね。ピンクのメガネとかないわよね」

「そこの部分はどーでもいいだろ!何で合コンの風景みたいになってんだ!」

「あ、でもなまえはお妙にあげないからね。あの人私が先に目ぇ付けてたんだから」

「こんな所でねちっこい女のバトル繰り広げようとすんな!」

「オイ貴様!何をどさくさに妙ちゃんと女子トイレに入ろうとしてるんだ!」

「仕方ねぇだろ、今女子なんだから。それになまえに聞けねぇし、…恥ずかしい」

「気をしっかり持ってください銀さん!体は女でも心は男でしょ!」


かまっ子倶楽部を逆転したような物言いだと思いはしたものの口には出さなかった。そう言えばそこの所はどうなっているんだろうかと、考えようとしてやめた。触らぬオカマに祟りなし。
騒ぐ三人からお妙ちゃんを引っ張り出して、巻き込まれないようにと席に座らせた。未だぶくぶくとジュースに泡を立てる神楽ちゃんに笑いつつ、緊張した面持ちで礼を述べたお妙ちゃんに笑う。元が女だから気にせずともいいのに。
気付けば坂田さん達は何故か外に出ていて、同じようについて行けば金髪が眩しい色気のある女性が路地を指さしている。薄暗いそこにあったのはまあ汚物というもので、思わずお妙ちゃんと神楽ちゃんの視界を手で覆った。ちょっと神楽ちゃん背が高くなり過ぎなんじゃないかしら。


「申し訳ない。人を追っていたものでトイレを捜している暇もなくて、あぁ、こう見えても私捜査官なんですよ。と言っても追っているのは犯人ではなく妙(愛)ですが」

「ああ、野糞ですね」


流石に坂田さんも白目を向く。視界を覆っていたお妙ちゃんが、目にも止まらぬ早さで金髪の女性を蹴り上げ、思わず拍手してしまった。そのままマウントポジションをとったお妙ちゃんは、何故か豊満な胸を鷲掴んでその顔を怒りに染め上げる。


「何でゴリラがこんな宝塚美人になり腐っとんのじゃ!!」

「いだだだだ!もげる!乳もげる!!」

「なんでゴリラがこんなデッカイ乳ぶら下げとんのじゃ!」

「え!?アレ近藤さんなの!?アレマジで近藤さんなの!?」

「嘘だろ、あれ局長様か」


真選組の近藤勲とは土方さんとも関わりがあって、お妙ちゃんに好意があるのは知っていた。女になってまで追いかけているとは思いもよらなかったけど、お妙ちゃんのアレは本気で胸をもごうとしている顔だ。止めようかと考えたものの、手出し無用だと言うように坂田さんが首を振る。さり気なく腕を絡ませてくるのに呆れつつも受け入れてやれば、正直言いたくはないが気持ち悪い程ニヤけた顔を晒していた。


「ぶっちゃけお妙さんより色っぽ」

「…思い切りがいいな」


近藤さんの言葉は無理やり途切れた。容赦ない拳の一振りだったと言うしかない。その直後、かぶき町に配置されたスピーカーから流れてきたのは警報音と無機質な声。音声周りも既に宗教団体の手中にあるのかとため息をこぼしたくなった。局長を目の前にして申し訳ないが、警察仕事しろ。


「何だ!?何が問題だったんだ!野糞か!?お妙か!?心当たりがあり過ぎてわかんねーよ!」

「口が悪いな坂田さん?」

「あっ」

「やってる場合か!とにかく早く逃げないと!!」


慌てふためく坂田さんの顎を掬い上げてやれば、途端に黙り込むのだから面白い。新八くんには怒られたけれど、まあこんな体験は無いのだから見逃してほしい。謝罪の意味を込めて頭を撫でてやれば顔を赤くして「やめて下さい」と言われた。あら可愛い。
とまあそんな事をしているうちに、何処から現れたのか大勢の信者達に囲まれていた。まるで私達の行動を見て聞いているかのような、そんな素早い動きに眉が寄る。


「おいいいい!警察何とかしろ!!」

「し、心配いらない。政府はこの街を捨てちゃいない。俺はこの街を救う任務を負った、新特殊部隊を手引きするためこの街に潜入したんだ」


近藤さんが倒れた体を起こしながら口元を拭い、狙ったように地面に降り立った数十人の黒服に目を瞬かせる。街中でよく見かけるその黒い服は、確かに警察組織のものだった。けれど男性で構成されているはずのそれ等は、見事に全員が性転換を成されている姿で。「まん選組出動でーい」と気の抜けた声色で鍔に手を掛ける栗毛色の少女を見て、ツッコミ体質の新八くんはとうとう吠えた。


「普通に敵に女にされた特殊バカの集まりだろーがァァァ!てめーら警察のくせに揃いも揃って何やってんだァァァ!!」

「流石に男勝りな女ばっかりだな。まあ可憐な事には変わりない」

「息するように口説くのやめてもらっていいですかなまえさァァァん!!」


ママに叩き込まれたホストの訓練はたった数時間だとしても身に染み込まれている。教育が上手過ぎるのも問題だなと苦い笑みを浮かべた。


「なんでぃ、お兄さん。女だからって舐めてると怪我するぜぃ」

「ああ、気を悪くしないでくれ可愛い人。強くて美しい、そんな女を笑顔にさせてやれない不甲斐なさに泣きたくなるだろう」

「…言いますねぇ。これで金髪でシャボン玉吹かしてたら思わず引っ掛かってましたぜ」

「何処のイタリア人波紋使い!?」


鞘の鐺で胸板を軽く突かれ、口をついて出た言葉は大体ママ仕込みのものだ。それにしても新八くんのツッコミはキレが凄い。程よい間の使い方をしてる。
栗毛色の少女は強気できていた割にお妙ちゃんがその胸を見て、豊満なそれをもぎ取ろうとした時の表情の変化は酷かった。胸がない事をいたく気にしている様だけれど、お妙ちゃんは別にそのままで十分可愛らしいと思うのだけど。


「土方さんヤベーですぜ、思わぬところに敵が!!土方さん絶対やられます!」

「フン、くだらねぇ。くれてやれるならくれてやりてェ。こんな邪魔な胸」


土方さんが現れた時の静まり具合は凄かった。その、何というか、かなりグラマラスボディというか。胸も腹もはち切れんばかりだと言えばいいんだろうか。男の姿がアレだけ男前だった分、女になってふくよかになった体型は差が酷すぎる。そっとお妙ちゃんが肩に手を置いた。


「………ありがとう」

「いや、ありがとうってどーいうことだコルァ!!」


取り敢えず周りを囲んでる信者達をどうにかしてくれないかしら。


2017/09/20