■ 知ってはいけない大切なこと

困ったことに凛もアーチャーも遠坂邸にいない。凛は士郎の家に数日泊まりに行くと言って外泊中、アーチャーはその凛の忘れ物を届けに行くついでに暫く様子を見てくると言って外出中。非常に困ったとベッドの上で枕を抱えてため息をこぼす。年に数回、あるかないかの人肌恋しい期間に突入してしまった。凛もアーチャーも私に滅多に無いその期間があるのは知っているけれど、今回はまた突発的に、しかも二人が外出中に来たので言えず終いである。取り敢えずと枕を抱えたのはいいものの、全くこれっぽっちも温かみの無いそれに苛ついて布団に叩きつけた。


「…寝よう」


こんな時は寝るに限ると叩きつけた枕を拾い、腕に抱いて寝転がる。無いよりはマシだ。まるで子供だと二度目のため息をこぼして、枕に頭を押し付けて唸る。
急ぎの依頼が無いのは幸いだった。こんな状態では外に出れない。まだ明るい外を一瞥して、体を丸めて枕を抱く腕に力を入れる。凛の邪魔はしたくないから兎に角アーチャーに早く帰ってきて欲しかった。人の恋路は、それも高校生の恋路は邪魔してはいけない。


「何してんだ?」

「……ランサー」

「おう。…あ?おおっ!?」


いつの間にかまた勝手に部屋に入って来たランサーが、ベッドに片手を付いてこちらを覗き込んでいた。文句を言う気力もなく枕を投げ捨ててその体に飛び付けば、驚く声とは裏腹にしっかりと抱き留めてくれて息をつく。息衝く人の温かさに心底安堵した。
ランサーは暫く驚いたように固まっていたものの、直ぐに体勢を整えるべく私を腕に抱いたままベッドの上で胡座をかいた。頭を撫でる大きな手に自然と眠気が宿る。


「幸運Eも捨てたもんじゃねぇのな」

「うん?」

「いいさ、何もしないでいてやる。俺は今、最高に気分がいい」

「…うん」

「だから安心して寝ろ」

「……うん」


低い声は落ち着く音で、ざわざわしていた心臓がゆっくりと凪いでいくのが分かる。優しく髪を梳かれ、心地良さからその体に擦り寄って微睡みの中へ誘われた。思えばランサーに人肌恋しいことを相談したこともない、起きたらちゃんと説明しないとなぁと思いつつ、温かいそれに安心して眠りについた。
どれくらい眠っていたのか、重い瞼を開けば体はベッドに寝かされており、部屋の中はもぬけの殻である。ランサーはいつの間に帰ったのかという思いと、ひやりとする部屋の空気に眉を寄せた。まだ継続中らしい自身のそれに盛大にため息をこぼして、戻って来ているか分からないもののアーチャーと声に出す。


「なまえっ」

「おかえり、アーチャー」

「ああ、まったく。君は本当に目が離せないな」


光の粒子が目の前で瞬いて、気付けば体はアーチャーの腕でしっかりと抱き締められていた。温かいそれに安堵して擦り寄れば優しく頭を撫でられ、ランサーの手と似ているなぁと言ったら怒るだろう考えが頭に過ぎる。


「テメェッ!いきなり逃げたと思ったらっ!マジでその心臓抉り抜いてやろうか!?」

「帰れランサー。私はこれからなまえの世話で忙しくなる」

「あぁん!?なまえの世話ならテメェが帰ってくるまで俺がやってたわ!」

「クソ、何故私が居ない時にそんな時期が来てしまったんだ。絶対に遭遇させたく無い男だったのにっ!」


怒号と共に部屋に飛び込んで来たのは帰ったと思ったランサーで、アーチャーは私を強く抱き寄せる。アーチャーの言葉には「そんなこと言われても」と返すしか出来ない。どうやら私の世話をする役で揉めているらしい。これでも大人だと言うのに、世話をされるなんて恥ずかしいことこの上ない。いや別に世話はしなくていいんだけれど。私が抱き着きたい時に抱き返してくれればそれで。言っても二人の口論の間では私の言葉は届かない、いや聞こえなかったらしい。
アーチャーの片手で両目を覆われているので、二人が今どんな顔をしているか想像がつかないけれど、きっと凄く怖い顔をしているんだろう。大人しく凛に使い魔を出していればよかったと反省。


「アーチャー、手を繋いでくれるだけでいい」

「そう言っていつも限界がくるのは君だろう」

「そうだっけ?」

「ああ。安心したまえ、君を抱えながら世話するぐらいわけないさ」

「そう、か…?」

「流されんな!」


流石にそんな事は無かったはずだったけれど、やけに自信満々に言ってくるアーチャーに、そうだったかもしれないと頭は肯定しようとする。手が離れ、見上げる先のアーチャーは穏やかな笑みを浮かべていて、ランサーが私の腕を引いて首を振る。お陰でまだ寝惚けたままの頭は冷静に働き出した。


「へえ、人肌恋しい季節ね」

「そう。凛とアーチャーは知ってて、申し訳ないけど付き合ってもらってる」

「本来なまえの世話はしなくてもいいんだが、なに、コレも凛から頼まれた仕事の一つでね」

「…の割にちゃっかりなまえの隣はキープしてんじゃねぇか。坊主は?」

「知ってる。その時はお世話になった」

「何っ!?」


ベッドの上。目の前で胡座をかくランサーに説明しながら、私の隣にいるアーチャーの手を繋いでいる状態。それなりに大きいサイズのベッドだけれど、大の男二人を座らせる事によって物凄く窮屈に感じる。傍から見たら修羅場なのかと疑うような光景だ。
アーチャーが驚きの声をあげる中で、ランサーは納得したように頷き、思案する様に顎に手をやり目を伏せた。その間、動揺を顕にしたアーチャーを宥めるべく昔の話だと言葉を返しておく。


「その人肌恋しいってやつ、俺にも解消させてくれよ」

「断る。教会に帰れランサー」

「アーチャーは嬢ちゃんの世話もあるだろう?それを場所は同じでも、パスも繋がってねぇなまえの世話をするのは些か無理があるってもんだ」

「おい、貴様」

「そこでだ、俺はマスターがあんなだし、滅多な事が無い限り呼び出されもしねぇ。だからその期間、俺がなまえの世話をするってのはどうだ?」


成程、確かに考えてみてもいい提案だ。凛やアーチャーにはこの家に住まわせてもらっている上に、ご飯まで食べさせてもらっている。その分お金は出しているけど、今日の様にアーチャーが離れた二人、それもマスターでも何でもない私の世話をするのは可笑しい話である。そのランサーからの提案を受け入れようと顔を上げ、痛いぐらいに手を握られて顔を向けた。いつも通りの表情なのに、何処か寂しそうな悲しそうな顔に出そうになった言葉が引っ込んだ。


「ランサー、有難い申し出だけどそれはいい」

「あ?何でだよ?」

「多分直ぐに気付いてくれるのは凛かアーチャーだ。それに慣れた人の方がいい」

「なまえ…」


納得してないというような顔だったけれど、一度ため息をついたランサーは「まあ、追々な」とこぼした。手を握るアーチャーを見れば安心した様な顔で笑みを浮かべていて、小さく笑い返しておいた。


「まあ今日みたいにランサーにお世話になるかもしれない」

「いいね。んじゃあその時に、俺の良さをしっかり刷り込んでやらねぇとな」

「やはり貴様はここで始末しておくべきだな」


今にも武器を取り出しそうになった二人を外に追い出してやった。もしも庭が荒らされたとしても、怒られるのはあの二人なので問題ない。やっぱり素直に凛に助けを求めるべきだったなとため息をこぼした。


2017/09/29
知ってはいけない大切なこと
(彼女自ら手を伸ばす唯一の期間、あの男には知られたくなかった)