■ 記憶のそこで震えていた、ひらいてはいけない感情

今日の夜は魚料理が食べたい。でも今月はもうお金が苦しいから釣ってきてくれる?そう言って家から放り出した凛に、私は隣で同じく放り出されたアーチャーと顔を見合わせる。そうして同時にため息をこぼした。食費ぐらい家主である凛のためなら出せるというのに、凛は頑なにそれを是としない。
冬木の波止場にて、釣具を持って私とアーチャーは凪いだ海を見ながら立っていた。海に来たのは久し振りだ。


「アーチャーは釣りの経験あるよね」

「ああ、だが決まってこういう時には奴が…」

「よう、なまえ!いけ好かねぇ野郎と釣りデートかぁ?殺す」

「受けて立とう」

「どうどう」


肩に手を置かれ振り返ればランサーがすぐそこに居て、アーチャーがその手を払い除けて間に立つ。どうしてこう喧嘩っ早いのか、止めるこちらの身にもなってほしい。二人の肩を押して距離を置かせて、鼻で笑うアーチャーと舌打ちを零すランサーにため息がこぼれた。


「坊主に釣り教えてくれって頼まれてな」

「士郎も来てるのか」

「ああ、あとセイバーと胸のデカイ方の嬢ちゃんもいるぞ」

「君、凛がここにいたら本気で殺されるぞ」


そう言ってのけたランサーを恐ろしいものを見る目でアーチャーは見た。凛を怒らせると怖いということを知ってのこの物言い。ランサーは怖いもの知らずか。
アーチャーは士郎の姿を見て僅かに眉を寄せたものの、士郎が持ってきたという釣具を見て茶化しに行った。セイバーと士郎が勝負だと何処ぞのポケットの中のモンスターバトルみたいな展開を繰り広げていて、彼も何故か乗り気でいいだろうと見下している。両者共に釣り勝負に興じるらしい。桜はと言えば、日傘を差して優雅に海を見ながらのティータイムである。何処のお嬢様だ。視線が合ったので手を振れば微笑んで小さく振り返してくれた。何処のお嬢様だ。


「今日の晩御飯は豪華そうだ」

「加勢に行かねぇのか?」

「邪魔するのも悪いと思って。あとのんびりする方が好き」

「気が合うな。俺もだ」


煙草を噛んで笑うランサーは流石、釣りが趣味というだけあって楽々と最初の一匹を釣り上げていた。手を叩いて小さく拍手を送りながらランサーの隣に座る。眼下を覗き込めば緩い波が波止場を打ち付けていて、落ちそうだと思った直後に襟首を引かれて息が詰まった。


「なに?」

「いや…。何かいたのか?」

「なにも」

「そうかい」


それだけ言って釣竿に目を移したランサーを一瞥して、背後を振り返る。アーチャーがテンション高く釣竿を引き上げている最中で、士郎とセイバーが悔しそうに睨んでいた。士郎達には悪いけどアーチャーがこうして息抜きできているなら良しとする。彼はよく凛に扱き使われているから、せめて今ぐらいは釣りを楽しんでほしい。まあこれも凛のお使いみたいなものだけれど。
それにしても、士郎も随分と体格が良くなったなぁと眺める。あのセイバーに剣術を教えて貰っていると言ってたけど、騎士王に教えてもらえるなんてすごく贅沢な事だ。弓道の腕も良いし、士郎が日に日に逞しくなってるのが分かる。視線に気付いたのか、それとも単に背後が気になったのか、こちらを向いた士郎と目が合った。手を振ってやれば、照れたようにはにかんで振り返してくれた。ううん、士郎はまだ可愛いの部類だ。


「ああ言うのが好みか?」

「好み…。ああ、強くて可愛くて好きかな」

「まあ見込みはあるわな。アレは強くなる」

「随分と余裕そうな言い方だ」

「当然だ。俺が坊主に負けるわけねぇだろ」

「そう。足元を掬われないようにね」

「やけに坊主の肩を持つじゃねぇか。そんなに大事か?」

「大事だ」


からかい混じりだったランサーの紅い目がゆっくりと細められて、癇に障ったのを察した。視線を逸らしつつ口を抑えて、謝るのも可笑しいと息をつく。ランサーが何も言わないのを見ると、多分まだ猶予はあるらしい。
釣り上げた魚が跳ねて海水を叩く。ランサーは慣れた手つきで針を外して、クーラーボックスへと投げ入れた。いつの間にやら六匹目だったらしい。人の思考は苦手だ、何を考え何をするのか全く分からないから。考えるのに飽きてしまった。


「ランサー」

「あ?」


こちらを向くより先にその襟元を掴んで、目を丸くしたランサーの目線より少し上、額目掛けて口付けてやる。手を離してもう勝負の行方は着いただろうかと、アーチャーを振り返って声を掛けた。満足そうな顔をしている隣で、唇を噛み締めている士郎を見て苦笑した。勝負あったらしい。


「待て。おい、なまえ」

「待たない。聞かない」

「なまえ、帰るぞ」

「うん」


アーチャーの手には本日のメインである魚がクーラーボックスに収まっている。士郎達に手を振って、何か言いたそうに顔を顰めたランサーに笑う。同じように手を振れば、舌打ちと共に軽く手を振られた。律儀だ。


「ランサーと何を話していたんだ?」

「好みの話」

「魚のか?」

「まあ、そんなところ」


アーチャーに全部話したらまた喧嘩するのは目に見えていたので、捻じ曲げて伝えておいた。大体は合ってるので文句を言われることも無いはず。
ちなみに晩御飯は凛も満足してくれた。


2017/09/25
記憶のそこで震えていた、ひらいてはいけない感情
(妬み嫉みなんて馬鹿らしい)