■ 思考回路よ、焼け落ちろ

体が鈍って仕方ないと不貞腐れたような顔で言ってきたランサーを一瞥して、さっさと目の前にある依頼金額の計算に移る。態々私の部屋にまで何をしに来たのかと思えば、暇潰しなら言峰神父やアーチャーを頼ればいい。今度の依頼主は時間に五月蝿い人だから、手早く纏めないといけないのだ。


「その紙ってよ、紛失したらヤバいやつか?」

「ヤバいやつだね」

「へえ」


ランサーの声が一瞬低くなって、咄嗟に紙を引っ掴んで椅子を引いた。部屋の内装に合わせたきっとお高いだろう机には朱い槍が突き刺さっており、机は真っ二つで使い物にならなくなってしまった。深くため息をこぼして、冷ややかな目でこちらを見るランサーに両手を上げて降参の意を表す。


「分かった。付き合うから、それをここで振り回さないで。凛に怒られる」

「嬢ちゃんに怒られんのは俺だろうけどな」

「なんだ、分かってるならいいや」

「おいコラ」


絡まれるよりはさっさと終わらせるに限る。と言うことでランサーの暇潰しに付き合うことになったけれど、何処で何をするのかは聞いてない。
冬木にある、まるで使われていないだろう穂群原学園の裏手の雑木林内にて。結界を張り巡らせ音は完全に遮断させて、後始末は言峰に任せると悪い顔をしているランサーに苦笑。絶対にその後で仕返しされるだろうにと思いつつも口には出さなかった。


「今から本気で殺しにかかるから逃げろよ」

「あー、もう、面倒くさいなぁ」

「なまえも鍛えられて一石二鳥だろ」

「魔術師に殺されかけても、サーヴァントに殺されかけるなんて無いよ」


世界中を歩く調達屋としては、危険なことも多々ある。それこそ報酬次第で、依頼主の敵対者から品を拝借する事も。隠密行動は絶対だけど、対峙することも勿論あって如何に無駄無く撤退するかが肝だ。私は非戦闘員だ。
準備運動をしながら辺りを隈なく見渡して何処に逃げようか等を頭の中で考える。ランサーに限らず、サーヴァントは罠を張り巡らせたとしても簡単に破ってくるから面倒なんだ。だから巧妙に複雑に安易に陰湿な罠を用いらなければいけない。殺されかかっているんだからそれぐらいして当然で、それよりもこちらも殺す気でいく。


「いくぞ」

「うん」


頷いた瞬間に目の前に迫った朱を指を鳴らして避け、同時に強化の魔術を腕と足に掛ける。時間を戻して顔の真横にある槍を腕で弾いて懐に飛び込み、机を壊された恨みを込めてその横っ面を殴った。ニィッと獰猛に笑うランサーに背筋が震え、地面を蹴って後ろへ跳べば横へと凪いだ槍が腹の皮一枚を切る。速さで勝てる訳はないけど、距離を取らなければいけない。地面がめり込むぐらいに踏み込んで、木を避け出来る限り複雑な経路で走り進んだ。走る最中に罠は仕掛けていた。罠は作動したり潰されたりしても分かるので、ランサーが何処にいるのかが把握できる。


「強化で殴ってんのに吹っ飛ばされないサーヴァント狡い」


先の横っ面を殴った時のことを思い出して嘆息する。まあでも懐に飛び込んだ時は少なからず驚いたような顔をしていたから、不意打ちではあったはずだ。瞬時に体制を整えて反撃に至るとは、やっぱりクランの猛犬と云われた彼は強い。きっとその時代の彼は、私には理解出来ない程凄い男なんだろう。
休憩はできない。強化の魔術を解いて神経を張り巡らせる。作動し壊された罠はもう十以上、こちらに辿り着くまでにはほんの少し余裕がある。そこらに落ちている木の実や枝を拾い、簡素な飛び道具を造り上げて至る所の木に蔦で固定していく。私の魔力以外に反応して発射される銃みたいなものだ。木の実や枝だからと言って侮る事なかれ、銃弾とそう変わらない威力に加えて追尾式である。私はこれで数多の魔術師達の目を錯乱させて逃亡してきた。


「甘い」

「ぁぐっ!?」


反応できたのは一瞬。横腹を思い切り蹴られ、咄嗟に治癒の魔術を施し痛みを感じる前に完治させる。絶対今のは折れてた。簡易的な銃が魔力に反応するより速く現れたランサーに苦い顔をするしかできない。これが現地での召喚だったら無双なんじゃないかこの男。
張り巡らせていた罠はいとも簡単に壊されて、表情には出さずにため息をこぼす。作った罠の中には一応自信作もあったんだけどなぁ、サーヴァントには全くもって敵わないらしい。改良の余地があると頭の片隅で考えつつ、朱い槍が迫る前に強化を施した。突きの一手から薙ぎ払い、それを防いでもぐるりと回った槍は体を真っ二つにするように上から振り下ろされ、背後へ跳んで避け突き出された槍は体の真ん中を狙う。呼吸をするのも煩わしくなる程の猛攻に、かつてない程に高まった集中力を維持させる。狙うは一瞬。
指を鳴らして起動した罠は、枯葉や土で埋もれた地面から。寝かせた鋭利な枝が足元から飛来して、生まれた一瞬の隙。飛び込めば私にも被害は及ぶものの、このチャンスは逃せない。考えるな、殺せ。


「終わりだ」

「はぁぁぁ…」

「惜しいな。今のが決まれば座に還ってたかもな」

「……涼しい顔してよく言う」


全ての魔力を片足一つに集中させてその顔面狙って蹴り上げたものの、あと数センチの所で避けられた。飛来する枝に眉を寄せ、飛び退いて体制を整え顔を上げたそこに槍はあった。
擦り傷や切り傷になったそこは治癒の魔術で治し、ランサーの頬に出来た痣も治してやる。目立った傷はそれだけで、ここまで罠を張っても当たらないのかと嘆息した。


「それで、調子は取り戻せた?」

「まあ、そこそこだな」

「動きたくない。責任もって連れて帰って」

「おう」


座り込む私が伸ばした手を取って、容易に抱き上げるランサーに疲労の色は見えない。それもそうか。私は逃げることの方が多いし、あっても迎撃ぐらい。突っ込んでいくランサーとは全く違う。


「でもまあ赤い嬢ちゃんの時と違って加減は殆どしてねぇからな、中々いい動きだったと思うが」

「…いやいやいや」

「自信持てよ。なまえの殺気は心地良いもんだったぜ」


あの目はゾクゾクしたと笑うランサーに呆れつつ、褒め言葉は素直に受け止めておいた。
さて本業の方をさっさと書き纏めて依頼品と共に送らなければ。時計塔の依頼主が怒りの電話をこちらに寄越してくる前に。


2017/09/12
思考回路よ、焼け落ちろ
(殺意あるその目に、何度組み伏せてやろうと思ったか)