■ 糸は途切れて続かない

依頼主の要望にはしっかりと確実なものを提供したい私にとって、結構、いやかなり難題な依頼品を要求された。
ここカルデアでは、サーヴァントは全員カルデアから魔力を提供されている為、魔術師初心者の立花くんの負担は少ない。まあそれでも、召喚して増えるサーヴァント全てに等しく魔力を供給するには些か無理があったらしいのだ。技術開発部部長のダ・ヴィンチちゃんが言うには、ほんの少し時間をくれたら何とかする、とのこと。マスター候補者の立花くんに、今現界しているサーヴァント全てを一人で維持するのは至難の業。というかそんな事が出来たら奇跡だ。そこで、調達屋であり一応魔術師である私に白羽の矢がたった。一番魔力を喰っているというサーヴァント一人に、一時的に魔力を提供してあげて欲しいとのこと。


「調達屋としては、魔力供給出来る品を揃えるプランはどうかと」

「そのプランが跳ね除けられたから頼んでるんじゃないか。何と向こうからの名指し!」

「嫌だ」

「立花くん」

「なまえさん、お願いします」

「……汚いやり方だ」


無償で依頼を受けるという約束がある立花くんにそんな事を言わせるとは。申し訳なさそうに眉を八の字にして視線を逸らす立花くんを見て、仕方ないと腹を括る。その分の御礼は必ずするからとダ・ヴィンチちゃんに言われて、深く大きくため息を吐き捨ててやった。
一番魔力を消費しているサーヴァントなんて、クラス的に考えてもバーサーカー以外にいない。マスターでも無いのに話を聞いてくれるのかと考えて、まあ少しくらいぼったくっても文句は言われないだろう。


「絶許」

「大体分かってただろ」

「こんなに効率の悪い供給を受けるなんて貴方は馬鹿か」

「かもな」


この部屋に向かってくれとダ・ヴィンチちゃんに言われて、その部屋に足を踏み入れると巨大な黒い尻尾が出迎えてくれた。ぐるりと体に巻き付いた尻尾は軽々と地面から足を浮かせて、本体である男の前に突き出される。悪態をついてみせるも意に介した様子もなく平然と言葉が返ってきて、本当に第五特異点の彼と似て非なる者なんだなと力が抜けた。


「それじゃあ一時的な物だけど、よろしく狂王様」

「一時的、ね」

「貴方のマスターは立花くんだ」

「分かっている。枯渇しないように集中していろ」


カルデアからの魔力を全て繋げ直す。つまり供給源をこちらに代えてパスを作ってやらねばならない。手っ取り早い方法としては粘膜摂取であるけれど、方法は他にもある。私の魔力を溜め込んだ宝石を取り出して狂王に差し出せば、酷く訝しげな顔をして見られた。


「宝石を媒介にした魔力供給だ」

「知っている」

「なら話は早い。噛み砕けば宝石は消える」

「効率が悪いのはお前だろう」


差し出した手は振り払われて、宙に投げ出された宝石を目で追った直後に吸われた。一応私なりの配慮で一手間かかるような事を行おうとしたけど、狂王は無駄が嫌いらしい。まあ同感だ。這入ってくる舌を受け入れて早急にパスを繋げた。指を弾く。咥内を蠢いていた舌が途端に速度を落とし、口を拭いながらさっさと距離をとる。緩慢な動きでこちらを見る狂王に、指を鳴らせば元の速さを取り戻した男は鼻を鳴らした。


「不満か?」

「立花くんの依頼だ。不満はあれど、依頼はこなすよ」

「いい返事だ」


口角を上げて笑う狂王を見て、やっぱり私の知っている男とは全く違うなと肩を落とす。まあここで契約している男も知っている男ではないけど。
それにしてもサーヴァントとパスを繋げるなんて事は初めてだ。魔力供給をした事はあっても、供給源になるとは思いもしなかった。それもこれもダ・ヴィンチちゃんが悪い。いや、カルデアの電力が悪い。
パスは繋げたからもう通常通りに行動してもいいというのに、何故か後ろをついてくる狂王にため息をこぼす。依頼は狂王とパスを繋げるだけなので、私も自由行動を許されていいはずなのに何故ついてくるのか。休憩でもとろうかと食堂について、ようやく狂王は私から離れて隅の方へと向かった。普段現れない人物だからかモーセのように人が分断されていて面白かった。


「やあ、なまえ。休憩かい?」

「そう。貴方も王妃様とお茶会?」

「マリーはマスターとクエストに行っててね。アストルフォとお茶を飲んで…、パスを繋げてるのかい?」


珍しいものを見たというように目を見開かせるデオンに、一度頷いて経緯を話せば彼(彼女?)は考えるように口元に手を置く。様になっているなぁと眺めていれば「なまえ、」と先を一度躊躇う姿を見せた。


「経緯を知らない彼等が見たらなまえが被害を受けるかもしれない。早急にカルデアに知らせるべきだと思うよ」

「彼等?」

「迂闊に手は出せないだろう。相手は俺だからな」

「…分かっててやっているなら質が悪いぞ」


いつの間にやら背後に立っていた狂王に内心驚きつつも、一触即発の雰囲気にどうしようかと頭を悩ませる。それでも考えるのはあまり得意ではない。手を叩いて両者の目をこちらに向けさせ、デオンにはゆるく笑みを浮かべておいた。


「あの万能の天才にも少しの間と言われてる。心配することは何も無い」

「…ああ。何も無いことを祈るよ」


複雑そうな顔で狂王を見たデオンに、彼は鼻で笑った。第一供給源が私に代わったからといって何があるんだ。マスター権は未だ立花くんのものであるし、彼が指示を聞くのも立花くんのみ。特筆すべき点は何も無いだろうに。それとも私に何かあるというのか。それこそ無いと言える。
カルデアのスタッフとお茶を楽しみつつ、暇ができたらでいいと言う依頼を何件か引き受けてそこを出た。一度狂王を探してみたけれどもう何処かに移動した後だった。


「あら、なまえ。貴方マスターになったの?」

「まさか」


図書室にでも行こうかと廊下を歩いている途中、女王様に出会した。珍しいものでも見るように目を細めて顔を覗き込んでくるメイヴに、こちらも見つめ返す。やっぱり可愛い顔をしてると思った。


「ふぅん、クーちゃんね?もうっ、クーちゃんばっかり狡い。燃費が良いって言うのも考えものだわ」

「今回は異例の事態だから。まあでも今回みたいなことはなくなると思う」

「そうねぇ。まあいつ途切れても大丈夫でしょ」

「うん。パスを繋げ直すのは才人の彼女が勝手にやってくれるらしいし」

「え?いえ、違うわ。そうじゃないの」


メイヴの言葉に首を傾げる。何やら話が噛み合っていないらしい。


「例え今パスが切れたとしても、切れた先を辿ろうとする事は出来るって事よ」

「……初耳だ」

「まあ荒業の中の荒業よ。集中力が無いと無理ね」


バーサーカーのクーちゃんじゃ無理でしょと笑うメイヴに苦笑しかできない。それは反対にやろうと思えば、誰でも出来ると同じ意味なのではないだろうか。とてつもなく不安な言葉を耳に入れてしまったものだ。兎にも角にもダ・ヴィンチちゃんはさっさとこの事態をどうにかすべきだ。


「出来るわけないだろうそんな事」

「ああ、うん。安心した」


一応ダ・ヴィンチちゃんに聞けば何を馬鹿なことを言ってるんだという目で見られた。それもそうだ。私はメイヴのお茶目な冗談にうっかり騙されたというわけである。


2017/09/04
糸は途切れて続かない
(途切れた先を掴めばいい)