■ なんて事のない日常の中で、不意に僕は殺される
「緑衣のお兄さん、立花くんに会いにいく予定はある?」
「アンタは、」
両手に大中小と大きさの異なる箱を抱えて、廊下を歩いていた俺に声を掛けてきたのは、つい先日あの吹き荒れる雪山を登ってきたというマスター専用の調達屋。魔術協会の人間でさえ大人数の大荷物でこのカルデアにやってきたのにも関わらず、調達屋は一人で案内も無しにほぼ新雪状態の雪山を登って来たのだから人間離れしていると思う。
別段用は無かったものの、マスターはこの調達屋をいたく気に入っている。邪険にはできない。古参である俺だが、調達屋なんて者がいたのはつい最近知った事だ。
「あー、まあ立花くんはマシュちゃんとよく私に依頼に来たけど、サーヴァントと依頼に来たことは無かったしなぁ」
「へえ。じゃあ初めてサーヴァントを見たのは何時なんだ?」
「第五特異点って言ってた。オルタ化したバーサーカーの彼と、女王様が初めて見たサーヴァントだ」
「げぇっ、そりゃとんだ災難だな」
大中の箱を脇に抱えつつ、隣を歩く調達屋に苦い顔をするしかできない。よくまあ生きていたものだ。
このカルデアにも縁が繋がったのか、特異点とは別の彼等が居るがあの取っ付きにくさは流石に警戒心が解けないでいた。ところがどっこいマスターのあの能天気さと運の良さが功を奏したのか、今ではウチの主戦力として活躍しているのだから、警戒している俺達が馬鹿らしくなったのは言うまでもない事である。
「立花くんはサーヴァント誑しだ」
「まったくだ」
「お兄さんもその中の一人だ」
「…いやいや」
薄く笑みを浮かべて俺を見る調達屋には、からかいの色が含まれている。即答できなかっただけで答えは出ているというもので、負けた気がしてため息を吐けば「商売人は口が上手いんだ」とフォローにならないフォローを貰った。つまり口ではアンタに勝てないと。
「可愛くねぇ女」
「可愛気は求めてない」
「ちょっと着飾ってみたらどうだ?より依頼が増えるんじゃねぇ?」
「…それはちょっと考えてしまう」
適当に言った言葉は意外にも調達屋の頭を悩ませたようで、箱を抱えるその横顔は真剣な顔をしていた。よくよく見れば整った顔立ちをしていると初めてその顔をちゃんと見た気がする。
「マスターの依頼しか受けてねぇのか?」
「立花くんは無償にしてるから、今の所スタッフとサーヴァントからちょくちょく依頼を貰ってる」
「サーヴァント?」
「多いのは騎兵の聖女様と、赤い弓兵、狂戦士の自称猫」
「……食糧危機にでも陥ってんのか?」
「さあ?」
三人の共通点といえば、主に厨房を任されていると言った点。苦笑すれば調達屋も同じような笑みを浮かべる。
どこから依頼品を収集しているかは知らないが、本当に何でも、再臨素材でも少なくはあるがちゃんと集めてくるのだから驚きだ。本当に何者だと言いたくなる。聞けばしがない調達屋だと言うだろうか。簡単に想像出来て笑ってしまった。
「それにしても、お兄さんから依頼を受けた事は無い」
「まあ、別に依頼するようなもんも無ェからなぁ」
「こうして手伝って貰ってるし、何かあれば一つ無償で引き受けるよ」
「ありがたいこった」
薄い反応だと思うかもしれないが、有難いのは本当だった。依頼料なんてものを持っていない自分にとって、無償というのは良い響きだ。まあ使う時があればの話だが。
「お、マスターじゃねぇか?」
「ああ、本当だ。立花くん」
今日のクエスト周回は終わったのか、マイルームへ戻る途中のマスターの背中が見えた。調達屋が声を掛ければ、振り返り「あっ」と顔を輝かせて手を振るマスター。その笑顔はこの箱に向けてか、それとも俺達に向けてか難しいところである。恐らく箱の中身は、厨房にて集まらないとマスターが嘆いていた再臨素材だろう。
「お兄さん、」
「あ?」
「これは助言のお礼だ」
大中の箱を俺の手から貰い受けた調達屋は、その代わりと言わんばかりに一つの袋を握らせてきた。透明の包装袋の中には幾つかの焼き菓子。手作り感溢れるそれと調達屋を交互に見れば、ゆるく笑みを浮かべてみせた。顔の良い女の笑みなんてカルデアのサーヴァント達で見慣れている筈なのに、少しばかり顔が整っている程度のその笑みから目が離せない。
「私が着飾った時には、是非一番に感想をくれると嬉しい」
邪険にできないなんてよく言えたものだ。箱を抱えてマスターのもとへ歩いて行く調達屋の後ろ姿を見て手で顔を覆う。これはまた厄介な女に惹かれてしまったと深くため息をこぼす。取り敢えずビリー辺りにでも愚痴ろうとして、そこでまた新たな事実が発覚した。
「なんだ、今更気づいたの?君、よくなまえの事見てたじゃない」
「は、はぁぁぁぁ!?」
「あー、うん、でもまあ、意外と敵は多いからさ。気を付けなよ」
どうやら本当に厄介な女に惹かれてしまったらしい。貰った焼き菓子は美味かった。
2017/09/01
なんて事のない日常の中で、不意に僕は殺される
(きっとこれから更に殺される)