■ 帰宅願望マックス
士郎からのお誘いで晩御飯を食べに来た。意識してるのか遠慮すると言った凛を半ば無理やり連行しつつ、マスターの傍を離れるわけにもいかないと、普段なら嫌そうな顔をするアーチャーも珍しく着いてきてくれた。
「そんなに遠慮する必要ある?」
「凛も女性だ。異性に、それも自分より料理ができる男には少し思うところがあるんだろう」
「士郎のご飯美味しいからなぁ」
「……ほう?」
士郎と桜が晩御飯を作る中で、私も手伝うと席を立った凛を見送り、縁側でアーチャーと話していれば不穏な雰囲気を察知してしまった。少しばかり不機嫌そうな顔をするアーチャーに首を傾げて、まあいいかと足をぶらつかせる。
「アーチャーのご飯が嫌いなわけじゃない」
「好きでもないか?」
「好きに決まってる。好きだよ」
「……すまないなまえ。もう一度言ってくれないか?」
「好きだ」
アーチャーのご飯は美味しいし大好きなのは本当だ。何故かマイナスに見てしまうアーチャーに、真剣にちゃんと大好きだという思いを込めて言葉を紡げば、不機嫌そうな顔は一変して穏やかな笑みを浮かべる。傍から見たら告白してるようにも見えてしまうなぁなんて頭の片隅で考えた。どうでもいいか。
「ああ。私も好きだよ」
「…ご飯作ったことあった?」
「さて、どうだったかな」
誤魔化されてしまったけど、多分作ったことはあったんだろう。凛にご飯を作ったこともあるし、何分私は量の加減がいまいち上手く出来ないから、アーチャーに消化するのを手伝ってもらった事がある気がする。覚えてはないけど、十分に有り得る話だ。
「それじゃあ、私も手伝いに行こうかな」
「もう台所もいっぱいじゃないかな?」
「デザートの一つぐらい作っても構わんだろう?」
「楽しみだ」
立ち上がるアーチャーのデザートという言葉に自然と笑みが浮かぶのがわかった。現金だと思いつつも、アーチャーが作るデザートは絶品だから仕方ない。喉の奥で一度笑ったアーチャーが、座る私の視線に合わせるように身を屈めて目尻にキスしてきた。避ける事でもないかと甘んじて、頭をゆるく撫でてから背を向けた男を見送る。
さて今度はどうやって時間を潰そうかなぁと考えて、思考と同じくゆっくりと瞬きを一つ、背中から差し込んでいた人工の光は消えた。真下に確認できた幾つもの人口の光に、次いで全身を襲うのは突風。頭が白に塗り潰される瞬間、私の体を容易く抱える存在に気付いて途端に頭はクリアになる。
「ランサー」
「驚かねぇのな」
「…十分驚いてる」
「ほんとかぁ?」
訝しげに顔を覗き込んでくるランサーに首を縦に振れば、そうかと笑うランサーは見知らぬ高層ビルの屋上に足をつけた。見下ろした街並みに大体の場所を特定して、士郎の家から少し距離があるのが理解出来た。
連れ出すのなら一声かけて欲しいと思いつつも、言葉にするのが面倒になって諦めてしまう。ため息をこぼしつつ、何か用があったのかと振り返れば、思ったよりも近いところにランサーがいて一歩身を引く。
「落ちるぞ」
「ああ、うん。大丈夫」
「そうかい。じゃあ本題だ」
「うん?」
「お前アーチャーとデキてんの?」
「まさか」
真面目な顔をするから何かと思えば。何処からそんな間違った情報を仕入れてきたんだ。言峰神父か、暇だからってそんな誤報を流すのはいけないと思う。間髪入れずに首を横に振れば、適当な相槌が返ってきた。薄い反応に思うところがないと言えば嘘になるけど、まあランサーの突拍子もない言動なんて慣れているから気にしない事にする。
「ランサー、お腹空いたから士郎の家に帰してほしい」
「なーんか腑に落ちねぇ」
「なに?」
「弓兵と俺とじゃ態度が違くねぇか?」
態度が違うと言われても心当たりはない。他意は無いんだろう。軽く首を傾げて僅かに眉根を寄せるランサーは本当に不思議そうな顔で私を見てきた。けれど返す言葉も見つからず、ただただ困惑する。自分が無意識にやっていることなんだから、違いなんて分かるはずもない。お腹も空いたし考えるのも面倒になった。
「どうすれば満足してくれる?」
「そうさなぁ」
「クランの猛犬様、早くして下さらないと私のお腹と背中が引っ付く」
「お前ホントに悪意も何もねぇよな」
「考え方はともかく、英霊は須らく尊敬する対象だ」
「そうかい。まあ今回はこれでいいわ」
ランサーが手を伸ばしてきたので漸く帰れるのかとその手を取れば、足が浮くぐらいに引っ張られて声が出た。わりかし強めの抱擁に息苦しくなりつつも、ランサーの機嫌を損ねたら帰る時間が伸びるので耐えるに徹する。
行きと同じくランサーの腕に抱えられて戻って来た士郎の家では、突如姿を消した私の捜索が始まる直前だった。
2017/09/01
帰宅願望マックス
(私はご飯が食べたいだけ)