■ 息を潜めて見つめ合う

白のTシャツの上に黒いエプロンを身につけた、色とりどりの花を両腕に抱えたランサーに声を掛けられたのは数分前。見知った青だと思いはしたものの、用もなかったので通り過ぎようとして失敗した。仕事中だろうと呆れつつも、店番を任されているらしいランサーの暇潰しに付き合う事になった。今日のランサーは花屋でバイト中である。


「お店の人もよくバイトだけを置いてここから離れられたね」

「まー、客なんて滅多に来ねぇしな。包装もある程度できるし、時間になったら勝手に閉めてくれていいって言われてる」

「バイトに任せすぎじゃないか、お店の人?」


気楽でイイもんだと笑うランサーは煙草を吸いながら、器用にも小振りの花束を作っていく。色合いもバランスも見事なもので、そりゃ任せられるなと一人納得。
茎の部分を糸で縛って出来上がった花束を店頭に放り投げ、水が張った銀の桶に見事にそれが浮かんで思わず声が出た。流石、凄い。小さく拍手すれば、歯を見せて得意気に笑みを浮かべるランサー。煙草は携帯灰皿に押し入れられて、紅い瞳がこちらを向いた。


「遊ぼうぜ」

「嫌だ」

「もちっと考えろよ。こちとら客も来ねぇから暇で仕方ないんだよ」

「ランサーは暇でも私は忙しいかもしれない」

「何か用があんのか?」

「……」

「決まりだ」


まだ答えてないのになんてせっかちな男なんだ。ため息を零しつつ、まあ急ぎの用なんて無いのだから付き合う以外に選択は無かったけれど。
さて面倒なことになったとこれから遊ぶ内容について思考を巡らせた。ランサーの暇潰しにはよく付き合わされていて、その都度遊ぶ内容は変わっている。缶蹴り、隠れんぼ等とまあ子供がする様なものばかりだが、そこに魔術が加わるから子供の遊びとはまた違ってくる。ランサーはハンデとしてルーン魔術は一切使用せず、私は持ち得る魔術を駆使してランサーから逃げる(隠れる)。厄介な事にランサーは鬼しかやらない。制限時間は大体10分から30分程度。範囲はバイト先から5km圏内。


「さぁて、今日は何する?」

「鬼ごっこ」

「じゃあ20分だ。2分後スタートな」


瞼が降りたそれを見てから即座に脚部に強化の魔術を施して、一般人の目に触れない速さで駆け抜ける。2分は最速のランサーにとって何の痛手にもならない。むしろ何処まで上手く逃げられるかが私に課せられる問題で、走りながら二度目のため息。時間内まで逃げれば私の勝ち。捕まったらランサーの勝ちなんだけれど、敗者には罰ゲームが待っている。罰ゲームはその時々によって違うけど大したものでは無い。肩揉みとか、ハグとか、荷物持ちとか。簡単なものばかりだ。


「おおお?」


どうやら5km圏内には教会があったようで、これはツイてるとその中へとお邪魔することにした。中では二、三人が礼拝している最中の様で、場違いにも程がある私はせめてと隅の方へと移動する。言峰神父は不在らしい。いいのかそれで。
さて、いつまでここに居られるだろうかと意識を巡らせて気付いた。もう既に教会近辺にまで鬼が迫っている事と、不在だと思っていた言峰神父が教会の敷地内には居ること。どれが一番安全かをほとんど直感で決めて走り出す。


「足止めお願いします!」

「請け負おう」


見つけた言峰神父はそれはもう楽しそうな、愉しそうな顔をしていた。内容は知らないけど面白そうだみたいな顔をしていたので、こちらの味方に付くようにとすれ違いに賄賂を渡す。快く引き受けた言峰神父の手元には『泰山麻婆豆腐一皿無料券』が握られているだろう。本当はもっと別に使いたかった代物だけれど致し方ない。
約一分後、背後から聞こえた腹の底に響くような低い高笑いが聞こえた。上手くいったようでなによりだ。


「お゙…いづい、だ…」

「お疲れランサー」


アレから特に走ることもなく花屋の前まで戻ってきていた。パイプ椅子に座る私の前で両膝に手を預けて肩で息をするランサーに、言峰神父にどれだけちょっかいをかけられたのだろうかと考える。


「でも残念。20分はとうに過ぎてるよ」

「あ゙ーーーったく、次からは人使うのもナシな…」

「そんなご無体な」

「無体を働かれたのはこっちだっつーの」

「まあまあ」

「んぐっ!?」


お詫びと言うものでもないが、その口にアイスを突っ込んで黙らせてやった。見た目が青いからソーダ味が好きだろうという配慮である。じぃっとその紅い瞳を見上げ続ければ、漸くアイスだと認識したのか咀嚼音の後で「美味い」と呟いた。手を離した私もつい先程買ったカップアイスにスプーンを差し入れる。


「なまえ」

「うん?」


ひんやりとした唇が私のものと重なって、当然のように這入ってきた舌を噛む。驚いたように顔を離したランサーに、強化を施した指先でガラ空きになっている額を弾けば悶絶した。追い打ちというやつだ。油断も隙もないと呆れてアイスを食べる。美味しい。


「罰ゲーム。私に触るな」

「……生殺しじゃねぇか」

「勝手に死ね」


じとりとこちらを見たランサーに、スプーンを咥えて鼻で笑っておいた。


2017/08/30
息を潜めて見つめ合う
(我慢する気にもならない)