■ たった一つの鉛玉

私の本拠地は遠坂邸のとある部屋の一室である。好きに使ってくれて構わないと凛直々のお許しも貰っているので、本当に遠慮なく使わせてもらっている。といっても私物が極端に少ない為に、物が散らかっているという状況は先ず無い。
数少ない私物の中から取り出したのは一つの袋。ベッドの上で口を開いて、ザラリと零れ落ちるようにして出てくる彩豊かな宝石を眺めてから、一つ一つ手に取っては目の前で翳す。現地にて選りすぐったとは言え、こういうものは落ち着いた場所でしっかりと確認した方がいいのである。多くあるそれを選別してから数十分、ノックの音に気付いて顔を上げた。


「凛?」

「当たり。入るわよ」


静かに扉を開けて入って来た凛を一瞥してから、手元へと視線を落とす。赤く光るルビーは合格の袋へと収められた。視界の隅に映った凛が私と同じようにベッドに上がるのを見、今度はしっかりと凛に顔を向ける。気付いて私を見た凛がにっこりと可愛らしい笑みを浮かべ、そりゃあ男女からの憧れの対象にもなるわなと納得した。加えて文武両道。勝ち目がない。でもうっかりさんである。ギャップ萌えとはこの事か。


「よく私って分かったわね」

「アーチャーは無断で入ってくるから」

「…OK、アイツとは話し合いが必要みたい」

「でも凛はすぐ分かる」


可愛らしい顔から一変して眉を寄せて歯軋りする凛の頭に手を置いて、滑らかな艶のある髪を一撫でしてやれば、目を丸くしてこちらを見上げてくる。まったく、私が男なら勘違いしてしまう挙動が多い。冗談だ。


「ま、まあ!?この家に居るのは私となまえとアーチャーだしね!そりゃ分かるってもんよね!」

「凛は優しいから私によく気を使ってくれてるのがわかる。驚かせないように、ノックする寸前に少し躊躇うような気配がするし」

「うわあああああ」

「そんな顔、学校じゃ見せられないね」


恥ずかしさから慌てて顔を両手で隠した凛だけど、真っ赤になったのが顔を隠すより先に見えたからあまり意味は無い。笑って頭を撫でてやれば唸るような声が聞こえた。凛は真っ直ぐな言葉に弱い。それも好意的なものは特に。
彼女を甘やかそうとする人は極端に少ない。その上、凛はその性格故に甘えようともしないのだから溜め込みすぎて爆発する人間だ。まあ凛の場合、溜め込んで発散する方法を熟知しているから爆発する事なんて滅多に無い。例外として、凛は私には何故か素直に甘えに来るのだけれど、ううん、まあ確かに話しやすい人間だろうなぁとは思う。魔術師であるし、年上であるし、気の許せるいい人に見られていると思う。住まわせてくれるぐらいだから好意的なものだろう、確実に。


「今回は凛のお眼鏡にかなうものばかりだと思う」

「うぅ、なまえのその流してくれる所本当に助かる…」

「光栄だ」


ベッドの上。顔を赤くした少女と、その目の前で宝石を広げて態とらしく頭を下げる私は、きっとこの上なくおかしい構図になってると思う。手近にあったクッションを腕に抱いて、シーツに転がるガーネットを手に取った凛の目は魔術師のそれで。切り替えの早いところは大人のそれと変わらない所か、大人よりも優れているだろうと思う。


「凛」

「…何?」


両隣に分けられていくそれらを一瞥して、真剣な顔で選別していく凛を眺める。ある程度分けていたけれど、やっぱりこう言うのは本人の目で見てもらわないと分からないものだ。凛が要らないものは質にでも流してしまおうかな。


「魔術の勉強はいいけれど、しっかりと睡眠はとろうね」


綺麗な顔に出来た二つの隈に気付かないはずがない。化粧で誤魔化していても分かると指先で目の下を優しく撫でれば、凛は途端に顔を赤くしてクッションに顔を埋めた。甘え下手な彼女を甘やかすのも仕事の一つ。
私のベッドに横たわり大人しく目を閉じた凛におやすみと告げて、散らばった宝石を片付けるために手を伸ばした。


「んん…」


一時間ほど経過した後、ロッキングチェアに腰掛けて本を漁る私の視界の隅に凛がもぞりと動いたのが確認できた。顔を上げてベッドを見ていれば、上体を起こして伸びを一つした、明らかに気の抜けた凛の姿が目に映り笑ってしまう。笑い声に気付いた凛が目を丸くしてこちらを見た後、恥ずかしかったのかベッドから飛び出して扉へと一目散に走ったので指を一つ鳴らす。直後、何とも不安定な体制のまま動く速度を制限された凛に近付いて、その艶のある髪を撫でた。


「寝癖がついたまま飛び出すものじゃないよ、お姫様」

「馬鹿っ!」


途端に火が出るんじゃないかというぐらい赤くなった。魔術を解いてやれば声を大にして言われたから、やっぱり可愛い子だなぁと笑った。


2017/08/28
たった一つの鉛玉
(あっさりと撃ち抜かれてしまう)