■ 約束破り
依頼された宝石を世界各国を練り歩いては、その鮮度、清浄、内に溜まった自然の魔力を厳選して持ち帰ることに成功した。今回は長く外に出ていたなぁと頭の片隅で考えながら、指先はとある街のとある大きな武家屋敷のインターホンを押していた。武家屋敷は言い過ぎたかもしれないけど雰囲気はそんな感じだ。
「はい、どちら様で…なまえさん!?」
「帰ってきたよ」
「せせせせ、先輩っ!先輩っ!なまえさんがお帰りになられましたぁ!」
わぁ、テンション高い。桜の普段は聞けないような大きな声に驚きつつも、挨拶だけ済ませようとしていた私は内心失敗したなぁとため息をこぼす。さっさと帰ろうと思いつつも、桜に掴まれた腕は中々どうして振り払えない。ううん、困った。この家の主はちょっと頑固なところがあるからなぁ。
やっぱり帰ろうと桜に声をかけようとして、家の奥から聞こえてきた忙しない足音に今度こそ隠さずにため息をこぼした。
「なまえっ!」
「ぐふぅっ!!」
目の前に飛び込んできた橙色は一瞬で、上半身目掛けた勢いのあるタックルは流石に防ぎようが無かった。桜が上手いこと腕を離してくれたタイミングで両足に力を入れたものの、男子高校生を受け止められるほどの筋力は私には無い。背中を打つことは無かったけれど尻は犠牲になった。じんじん痛むそこを耐えつつ、胸に埋まる橙色にため息をこぼす。桜を見上げて「後でお話してください」と手を両手で握られて願われてしまえば頷かざるをえなかった。
「士郎、ただいま」
「おかえり、なまえ」
顔を上げた士郎はそれでも私の膝の上で笑うだけで、退くつもりはないみたいだ。うん、ちょっと見ない間に女の上に乗ることも覚えたのかな。いらん知識を養いやがって。どうせあの青い槍兵だろう。
「何事も無かった?」
「セイバーの食費でピンチに陥ってる以外は何も無いな」
「大変じゃないか。私のお土産を売ればいい、今回のは良い値になる」
「なまえから貰うものを知らない奴に渡したくないんだけど」
「士郎のご飯を私もお腹いっぱい食べたいんだ」
「…………………、分かった」
苦渋の決断だったらしい。まったく手のかかる子だ。頭を撫でてやれば照れたように笑って、漸く膝の上から退いてくれたので私も立ち上がる。服についた砂埃を叩きつつ、今日は士郎の家でご飯食べてくると使い魔を寄越してやる。納得はしないだろうなぁと依頼人である凛を思い出す。凛の事だ、延滞料だと言って幾らか依頼金を減らされるだろうけど、その為に士郎を話に出したのだ。私も帰ってきてるし、私の顔を見に来たという体で衛宮邸に来れるだろう。凛はツンデレだから。
使い魔を空へ放して、じぃっとそれを見ていた士郎に声を掛ける。首を傾げて言葉を待つ士郎に、中型犬のような錯覚を覚えながらその頭を撫でくりまわした。
「肉じゃが食べたい」
「ああ、任せろ!」
「うん。任せた」
勝手知ったるとばかりに私が衛宮邸へと足を踏み出せば、士郎も嬉々として後ろをついてくるものだから笑みが零れた。まあ別に、好かれていて損は無いからそのままにしているけれど、そんなんじゃ彼女もできやしないと呆れもある。慕ってくれる後輩がいて、ツンデレの同級生がいて、美少女も美少女なサーヴァントもいる。んん、ハーレムという奴かな。
「なあ、なまえ」
「ん?」
振り返れば腕を軽く引かれて身を屈め、額に触れた士郎の唇にふと息が漏れる。凛や桜に見つかったら何か言われるかもしれない。まあ別に、何を言われても構わないんだけれど。
「士郎!」
「あ」
案の定見つかってしまった。セイバーだったけれど。ひらりと手を振れば、応えるように一礼してから、士郎へとずいずいとその綺麗な顔を近付けていた。
「抜け駆けは禁止とっ」
「あーあーあー!悪かったって!」
「いいえ。コレは凛と桜にも伝えねばなりません」
「いやでもなまえと俺は一番長い付き合いだろ!?」
「人間関係の濃さを引き合いに出すのはおかしいと思います」
何やら言い争いをしているようだけれど、私に飛び火する前にさっさと衛宮邸にある私の部屋へと引っ込むことにした。ご飯の時間に呼んでくれればそれでいい。
2017/08/28
約束破り
(だって抑えられなかったんだ)