■ 服の事情にて

私の作業着という色とりどりのつなぎは、この街にくる少し前、とあるファッションセンターから購入したものである。このつなぎが発売停止になっていたことを知った時はかなりのショックを受けた。いろんな色を買っておいて良かったと心底そう思った程だ。
動きやすいし汚れてもすぐに洗い流せるし収納ポケットもいろんな所にある、なんて優れたつなぎだろうか。私はこのつなぎを大変気に入っていた。


「なまえ、俺が贈ってやった服はどうした?」

「おはよう跡部くん。あんなに高そうな服は流石に普段着として着られないからクローゼットの中だよ」

「汚れたらまた買ってやるだろうが」

「無駄遣いダメ、絶対」


当たり前のようにそう言ってのける跡部くんに間髪入れずにそう発言した私は悪くない。お金持ちの感覚は理解できない。跡部くんの家に行った事があるけど、あんな豪邸に住んだら隅の方でしか生活しなさそう。庶民の感覚とは違いすぎた。
不思議そうに首を傾げる跡部くんだけど、その格好は至極様になっている。カッコイイんだ、跡部くんは。


「おや、朝からなまえを見るなんて、今日はついてるな」

「おはようシンドバッドさん。今日はジャーファルさんから逃げてないんですね」

「朝の内に仕事を終わらせたからな!」


跡部くんと同じように首を傾げさせていれば後ろから聞こえた声に振り返った。胸を張って言うシンドバッドさんだけどそれが普通なんです。普通は溜め込んだりとかしないんです。
シンドバッドさんは私の背後の跡部くんに気付いたのか、にっこりと人のよさそうな笑みを浮かべた。


「跡部くんじゃないか、件の案はどうだったかな?」

「あー、悪くはねぇんだが…アレだと中高年層からの支持がほぼ無いと思うぜ」

「やっぱりそうか…。なかなか難しいな」


何やら難しい顔をする二人に話がついていけない私は二人を交互に見る。眉を寄せている姿もカッコイイのはイケメンだからか。女性の人気は凄いからな、この二人は特に。後もう一人いるけど、この二人以上にお金持ちである。


「おおっ、なまえではないか」

「おはよう王様。なかなか会いに行けなくてごめんなさい」

「うむ、許す。ただし今回はお前の所の鶏をもらうぞ」

「そ、それだけは…それだけはやめて頂けないだろうか王様…!」


おろした金髪が太陽に当たってキラキラ輝く本物の王様、ことギルガメッシュ。この街一番のお金持ちだと思われる。いや世界一かもしれない。跡部くんもここに来た時に王様がいて驚いてたから相当である。
ジョークだと言って笑う王様だけど私的には一切笑えなかった。なんて酷いブラックジョークだろうか。こんな笑えないAUOジョークを言う王様だけど街の人にはかなり心を許している。貿易先の人に対する傲慢さにはいつも冷や冷やさせられているけど!


「んん?なまえの他に雑種が群れていると思えば跡部とシンドバッドではないか。何をしている?」

「今度発売する新作の服についてなんだが、和と洋を合わせた斬新なデザインにしようとしてるんだ」

「で、そのデザインを俺様が確認したんだが、中高年層からの支持はあまり期待できねぇ」

「あ、服のことで悩んでたのか」


漸く合点がいった私である。跡部くんの所とシンドバッドさんの所は両方ともかなり有名なブランドの服屋さんなのだ。デザインもバリエーションも豊富で、しかも手頃な値段で買える服もあるのだ。人気の内の一つだろう。そんな両者が時折コラボする時がある、それが今だ。


「ふむ、なるほど。だが中高年層に売れないと決まったわけではないだろう」

「確かにそうなんだが…」

「素材がうまく揃わなくてな…」

「なんだそんな事か」


ハッハッハッ!と声高らかに笑った王様を見上げれば、赤い瞳と目が合ってぐるぐると混ぜるように撫で回される。気分が悪くなるからやめて欲しい、切実に。


「ここにいるではないか」

「?なまえか?」

「だからなん…!」

「気付いたかシンドバッド?なまえは質の良い羊やアルパカを飼っているぞ?」

「王様、王様、やばいやばい気分悪い」

「おお、すまぬ」


あっさりと手を離されてくらくらと頭が回る中、突然肩をがっしりと掴まれた。シンドバッドさんに。
何事だとその琥珀色の瞳を見れば何やら必死そうな顔をしていた。そんな顔でもイケメンである。


「なまえ、手伝ってくれ!」

「…よく分からないけど、困っているなら力になる。みんなの頼み事を断る筈ないよ」

「「なまえ…!」」

「時折お前が漢なのではないかと疑うぞ。我は」


顔を輝かせる二人に困惑しながら王様の言葉に首を傾げた。私はなんの変哲もないただの牧場主である。漢ではない。
数日後、私は跡部くんとシンドバッドさんに頼まれた羊の毛糸玉とアルパカの毛糸玉を箱に詰めて郵送した。数にして大体箱20個程。文句を言われないように最高品質の物を送らせていただいた。ウチの牧場のアピールでもある。
そのまた数日後にお礼としてお洒落な、それも運動に適したつなぎが送られてきた。これからこれを着て牧場生活をしようと思う。


服の事情にて、金持ちの頼み事
(やばい、今までのモノよりかなり質が良い)
(なまえを直々に雇うか…?)
(抜かせ雑種。なまえは我のものだ)