■ 壱

月の半ば頃から風邪を引いていた女の子たちが続々と戻ってくる中、休憩が多くなる私がすることと言えば、暇を持て余して頬を膨らますオジ様の相手である。一応お店を任されている者なんだからしっかりしていて欲しいがそこはそれ。問題が起きそうになった途端に子供のような雰囲気は消え、事が起こる前に解決してしまうのだから文句も言えない。
昼も夜も変わらないこの遊郭で、オジ様に茶菓子が足りないからと団子屋へ駆り出された。何故自分で買いに行かないのか。ため息をこぼすも流石にお店を纏める人がいないのは心許ないからだろうと、自身を納得させて教えられた団子屋へと足を伸ばす。もう連絡も入れてあるし受け取るだけだからネ!とウインクされた時は、その無駄に整った髭をむしり取ってやろうかと思った。


「………………」

「……ねぇ、大丈夫?」


団子の入った袋を腕に提げて帰る半ば、いつぞやの再現なんじゃないかと額を抑える。さすが吉原と言うべきか、かぶき町よりも頻繁に見かける倒れている人の多さ。その多くは介抱する付き添いがいるのだが、現在見つけた、見つけてしまったオレンジ色の髪を三つ編みにした男の子。恐らく未成年だろうそんな男の子が吉原にある数少ない和食屋の前で倒れていた。坂田さんに声を掛けた私が、声を掛けないはずがなかった。


「ねぇ、君。具合でも悪いの?」

「……お腹」

「お腹?お腹が痛いの?」

「減った…」

「………………」


心配が呆れに変わるのは早かった。行き倒れにあうとは思わなかったとため息をこぼす。半分に開かれた青い瞳が、先程から団子の入った袋から一切離れない事に何を言われているのかがよく理解出来た。何て逞しい男の子なんだろうか。


「ありがとう、おねーさん。お陰で餓死は免れたヨ」

「どういたしまして。まさか全部食べられるとは思ってなかったわ…」


隣に並んで座る男の子と私の間には空っぽになった団子が入っていた箱と串。袋に入っていた団子はお店の女の子たちの分も入っていたから相当な数である。それにも関わらずその華奢な体躯の何処に入っていくのかと、疑問に思う程に軽々と食べきってしまったのだ。
すっかり元気を取り戻したというようにニコニコと笑顔を浮かべる男の子を見て腰をあげる。


「あれ、行っちゃうの?」

「あなたが食べた分の団子を買いに戻らないといけないからね」

「おねーさん、よく食べるんだネ」

「忙しいと甘いものが食べたくなるのよ。女は特に。じゃあ、今度からは気をつけなさいね」


私一人であの量を消費すると勘違いされている気がしたけど、訂正するのも面倒でさっさと背中を向けた。歩き出す前に服の裾を掴まれ、振り返ればニコニコと笑顔を浮かべたままの少年。


「お礼におねーさんの事指名してあげる。お店の名前教えてヨ」

「あら、おませさんね。もう少し歳をとったら教えてあげるわよ、ボク」


大人に憧れる子供なんて山ほどいる。かくいう私もそんな子どもの一員だったのだからこんな事言えないけれど。十代は十代の楽しみというものがあるのだからそれを目一杯楽しめばいい、大人の楽しみなんて後から嫌でも分かるのだから。だってそうだろう。年は取れても、若返るなんてことは出来ないのだから。
少年の頭を撫でて小さく笑えば、驚いたと言うように目を丸くする。年相応のその顔は何故だか坂田さんと共に働いているという、神楽ちゃんの顔に似ていて首を傾げた。よく見れば髪色も同じだけれど、他人の空似という奴だろう。
ポカンとしたままの少年をそこにおいて、今度こそ団子屋へと足を伸ばす。団子の代金は後でオジ様に請求しよう。こればっかりは私が悪い訳ではないと思いたい。
無事に団子を買い戻してお店へと戻れば、血相を変えたオジ様に両肩を掴まれた。それはもういつも女をお姫様と勘違いしてるんじゃないかと思うほどに、女を優しく扱うオジ様からは考えられない程に強い力だった。何事かと目を瞬かせていれば、頭の先からつま先までをじっくり確認されて深い息を落とすオジ様。本当にどうしたのか。セクハラならママに連絡を入れないといけない。


「オジ様?」

「ああ、ごめんねなまえチャン」

「何かあったの?」

「うーん。ちょっと言い難いというか」

「ママにオジ様からセクハラを受けたって言うわよ」

「宇宙海賊春雨が吉原に来てるってさっき聞いてネ!人身売買とか麻薬とかそんなのがここも出回ってることあるから心配で!だからママには言わないで!セクハラ違う!」


声を荒らげるオジ様を宥めつつ団子を押し付けた。表情を一変させて休憩の準備を始めようと裏へと駆け出したオジ様に呆れながら、落ち着くようにと声をかける。あの様子では聞こえてないだろうけど。
宇宙海賊春雨と言えば、いつだったか新聞で船一隻が沈んだ等の話で出回った気がする。麻薬取引で使用しようとした船を、とある二人の男が盛大に爆発させたとかなんとか。麻薬の名前は確か『転生郷』で、裏で春雨が絡んでいたんじゃないかと世間を騒がせていたような、いなかったような。流して呼んだ程度だったからハッキリと覚えていない。
まあ海賊があんなところで行き倒れているはずもないし、そんな雰囲気もなかった。オジ様が心配に思うこともなかったし大丈夫だろう。


「そーだなまえチャン。月詠チャンから言伝を預かってるんだけど」

「なぁに?」

「『急げ』だって。何のことかなぁ?」

「……そう。ありがとう」


首を傾げるオジ様に何でもないと笑う。月詠がここまで言うとは、吉原で月詠でも対処し切れない何かが起こったんだろう。かと言ってまだ人数も揃いきれていないこのお店を放って、一人安全な場所へ帰るなんてできない。ママに怒られてしまう。内心月詠に謝りつつ、あと半月ほどだからと心の内で納得させる事にした。


2017/03/28