■ おまけ

ゆったりと静かに、だが賑わう店内に足を踏み入れれば金髪が眩しい男が愛想のいい笑みを浮かべて出迎える。


「いらっしゃいませ、お客様」


穏やかな口調に客の雰囲気も和らぎ、普段出迎えるスタッフではないと知るものの笑顔を浮かべて軽く手を上げる。いつも通り客をテーブルに案内して、直ぐにホステスが席につくその光景を目で視認してからフロアの端へと立つ。疲れを感じない体ではあるが、傍から見れば微かな疲労を滲ませた息をつく男は、流れるようにフロア全体に視線を流す。
カランと鳴った呼び鈴に入口へと視線を向けて、男は義務的な動作で足を伸ばした。


「いらっしゃいませ、お客様」

「チェンジィィィィィ!!!」


お店の賑わいをかき消すような一際大きな声に、お店全体が静まり返り何事だと出入口へと視線を向ける。銀髪の男が驚愕の表情で金髪の男を凝視していた。大きくため息をついて、お客様に断りを入れてそちらへと足を向ける。


「何してるの坂田さん?」

「いや、いやいやいやいや!何でそんな普通にしてんのなまえちゃーん!?」

「ああ、新しく入ったスタッフの坂田金時さんよ。暫くお店で働く事になってるから」

「この店のエスコートスタッフを務めさせていただきます、坂田金時です。よろしくな兄弟。なまえに手ぇ出したら容赦なく追い出すから、そのつもりで」

「こんな横暴なスタッフ初めて見たわ!」


平賀さんから、坂田金時を正しく直そうとしても金が無ェんだと態々お店に来店して言ってきた。サービスするからという約束を忘れず来たらしいけど、楽しむというよりは愚痴を言いたいだけだったらしい。その話を聞いていたらしいママが、じゃあウチの店で働いて稼げばいいじゃないと言ったのだ。平賀さんは顔がダメだと容赦ないママの言葉に、ならばと本人直々に働きに来たということである。


「強制とはいえ、一時でもなまえと居られるんなら悪い話じゃねぇと思ってな」

「口はこの通り上手いから、お客様の機嫌を損なうこともないしママも嬉しそうなのよね」

「オイ、スタッフだろお前。何勝手に人のテーブルに居座ってんだコルァ」

「カリカリすんなよ兄弟。俺とアンタの仲だろう」

「最悪だよ。癒しを求めに店に来たらこの前ボコボコにしたやつを目にしなきゃなんねぇ俺の気分は」

「箱に詰めて蓋して海にでも流しなさい」


喧嘩になるだろうとは思ったが、まさかこうも突っかかっていくとは思わなかった。土方さんと相対したような雰囲気だ。非常にギスギスしている。


「まあ、お客様を待たせちゃいけないわよね。金時さんも仕事に戻ってくれる?」

「我が姫の仰せのままに」

「様になってるから文句も言えないわね…」

「待て。なまえ、ちょっと可笑しかった。今のは可笑しい」


恭しく胸に手を当て頭を下げるまるで物語の王子様のようなそれに深くため息をこぼした。制止の声を上げたのは隣に座っている坂田さんである。まあ流石に今のは無かったと思いつつ首を縦に振れば、そうじゃないと首を横に振られた。思わず眉が寄る。何を言いたいのかさっぱり分からない。


「俺、坂田さん。コイツ、金時さん。Why?」

「何で英語…。坂田さんが二人もいたらややこしいからって、ママがね」

「…ママが、ママが、ママがっ!なまえは自分の意思を持つべきだと思います!俺も名前で呼べ!HEY!銀時!」

「金時さんがある程度稼いで出て行けばまた坂田さん呼びに戻るわよ。前にも言ったでしょう」


名前で呼ぶのは嫌だと。言外に言っても詰め寄る坂田さんは納得しておらず、すうっと冷めた瞳で口を挟もうとした金時さんを目で制して、坂田さんの腕に手を添えた。不機嫌そうな顔は変わらない。たまにいるこういったお客様の相手は慣れている。それらと同じように、困ったように笑って少しだけ声のトーンを落として囁くように言う。


「いつかちゃんと言うから。だから今は我慢して」

「……」

「…?坂田さ」


反応が返ってきたのは割とスグだった。見慣れた天井を遮るのは影を差しても尚ギラつく銀髪で、暗赤色の瞳は気怠そうに開かれたまま。


「誰にでもそう言ってんなら止めろ。煽るだけだぞ」

「……」

「あと俺は我慢強いぜ?好物は最後にとっとくタイプだからな」


ニタリと笑むそれが酷く悪人の顔に見えて、金時さんが動くのが視界の端で映る。その肩に手をかける前に、上から退いた坂田さんは大袈裟に肩を竦めて見せた。


「兄弟、見逃せねぇことってのはあるんだぞ」

「ちょーっとぐらい、いいんじゃねぇの」

「……ママに怒ってもらうか」

「あー!悪かったって!」


金時さんの手を借りて体を起こし、僅かに乱れた髪を整える。言い合いを始める二人を一瞥して、見ていただろうママに視線を向ければ「貴女が悪い」と口パクしてきて少しばかり反省した。常連の坂田さんにこんな手法を見抜く事なんて、少し考えれば理解出来た筈で、自分の軽率さにため息が出そうになる。でもお客様の前でああも大胆にやる必要はなかったんじゃないかと恨みがちに見遣れば、視線に気付いた坂田さんが口の端を上げて笑う。そうして感づいた。


「……面倒な男ね」


この男、注目が集まっているのを良い事に、周りのお客様へ態と見せ付けるように牽制したのだ。何てことをしてくれるんだろうか。私のお客様がいなくなったらどうしてくれるつもりだ。それが目的なんだろうけど。今度こそため息をこぼして、待たせているお客様の元へ向かおうと腰を上げた。
少しばかりの怒りを込めて、通り過ぎ様に坂田さんの足を踏んでやった。


2017/03/06