■ 吉原炎上篇

「ヘルプ?吉原に?」


ママの言葉に上記の言葉を返す。ママは黙って頷き、私がいいらしいと指名を受けたというのだ。まあ、ヘルプなんて行った事のない子達に任せるつもりもなかったし、何しろ場所が場所だ。慣れていない子達では何があるかわからない。
吉原にあるお店は、所謂姉妹店というやつで、如何わしい事は一切ないが、それ故にお客様の入りがあまりよろしくない。それもそうだ。吉原桃源郷に入る男が望むのは大体決まっているし、話をするだけの女に興味があるかなんて聞いても無駄だ。だからと言ってお客様が全く入らない訳では無いのだが、お客様を楽しませるハズの女の子達の殆どが風邪を引いて寝込んでしまったらしい。


「プロ意識が足りないわね」

「貴女は無理しすぎて風邪を拗らせる質だものね」

「……数日で治ると思ってたのよ」


ただでさえお客様は少ないというのに女の子まで減ってしまっては稼げるものも稼げなくなるというもの。そこで私に白羽の矢がたった。自分で言うのもなんだが、私はそこそこ人気がある。その私が吉原に行けば、お客様も噂を聞いてやって来るだろうと。なんと言うか、いきあたりばったりな適当な作戦だなとは思うが、私はそれを断らず快く了承した。
期間は割と短めな一ヶ月程。長い期間では三ヶ月以上だったりと、向こうの要望があるのだが。ママがあまりいい顔をしなかったというのもあるだろう。本当に心配性のいい人だと思う。


「…月詠?」

「来たか」


吉原に着いて数分もしない内に立ち塞がった金髪の美女に目を瞬かせる。何度もヘルプに向かってる内に親しくさせてもらっている月詠が、何故か今日ばかりは眉を寄せて顰め面を浮かべていた。正直なところ、頑張ってその顔を作っているのが丸わかりで、思わずその顔に手を伸ばす。


「なんて顔してるの。せっかくの美人が台無し…って訳でもなかったわ。そんな顔も綺麗ね」

「っ、やめなんし!そんな事を言われても嬉しくは…っ!違うそうじゃない!わっちは忠告に来ただけでありんす!」

「忠告?それなら大丈夫よ。何度ここに来たことがあると思ってるの」


そうじゃないとため息をついて落ち着きを取り戻した月詠に首を傾げる。


「近い内に、ここ吉原で何かある気がするのじゃ」

「……そう」

「ヘルプで来たのは知っている。今回は早めに切り上げて早々に戻りなんし」


心配してくれているのが目に見えてわかる。素直に言えばいいのにと、その顰め面を眺めて笑う。


「ありがとう。そうさせてもらうわ」

「…わっちは主に無駄な怪我を負って欲しくないんじゃ」

「え」

「ではなっ!」


聞き返すより先に姿を消した月詠に瞬きを数回。それから笑みを浮かべる。なんて可愛らしい友人なのかと思いながら歩みを進めた。
空を見上げてみれば、鈍色の天井が視界に映りため息をこぼす。青い空なんてものがこの場所にはなく、息が詰まりそうな空間に気を引き締めた。


「待ってたなまえチャン!ヘルニア!」

「相変わらず元気そうねオジ様。あとヘルニアがヘルプって意味なら英語を全部学び直してきなさい」

「もぉー、聞いてよなまえチャン!ママってば誰でも好きな奴選べって言うからなまえチャンがいい!って言ったら一気に機嫌悪くなるんだよ!オジさんどうすればいいの!」

「最近新人を入れて、その教育を私が任されてるの。その間、教育係がいないからママも困るんでしょうね。今度菓子折り持ってママに会いに行けばいいと思うけど」

「そうする!」


お店の前で子供のように辺りを見回して、困ったような泣きそうな顔をしているつい先日五十代を迎えたオジ様が居た。私を見つけ顔を輝かせて手を振る、その五十代とは思えない子供のような仕草に苦笑しかない。
夜王鳳仙が統べるこの吉原桃源郷に、太陽の光が満ちていた事なんて遥か昔のことだと諦めたように笑うオジ様。手土産としてかぶき町でも有名な饅頭を差し出せば途端に顔を輝かせる。子供か。ホクホクとした表情で早速お茶の準備を始めるオジ様に、まずはお店の準備が先だろうと襟首を掴んだ。やめなさい、そんなガッカリした表情するんじゃないの。おもちゃを取り上げられた子供のような顔をするオジ様にため息をこぼしつつ、挨拶に来てくれる数少ない女の子達に言葉を返していく。


「なまえチャン、一ヶ月間よろしくネ!」

「この一ヶ月、何事もなければいいけどね」

「何があってもオジさんが全力で守るから安心して。ウチの子達が危険な目に合わない様にオジさんがいるんだから」

「本当、いつもそうならカッコイイのにね。オジ様」

「え、やだなぁ!オジさん照れちゃう!」


キャッキャッと騒ぐオジ様はやっぱり子供みたいだと笑う。楽しい一ヶ月になりそうだと思いはしたものの、やはり暫く空が見れないのは残念だとため息をこぼした。


2017/03/14