■ C

最初は本当にプログラムされたモノのはずだった。
自我が芽生え魂が生まれ、自身の望みのために動ける様な身体を手に入れた。人間を思い通りに動かせる様に洗脳なんてものもこの身体には組み込まれていて、自身を作成したであろう爺さんでさえも簡単に籠絡する事が出来た。誰も彼も己が坂田銀時に成り代わっているなんて気付きもしなければ、思いもしない、そう自分が作り変えた世界。邪魔な存在といえばたまと定春くらいであったが。
最後は坂田銀時の心の内を他よりも多く占めているなまえを陥落すれば、もうこの世界は俺のものと言っても過言ではなかった。ただ計算外だったのは、坂田銀時は俺自身が思っているよりも彼女を深く心に刻んでいるということだった。


「…どこかで会ったことある?」


首を傾げて不思議そうに俺を見るなまえに落とされたのは俺の方だった。感情が厄介なものだと思ったのはその時が初めてで、機械仕掛けのはずの身体と頭はショートしたように一瞬動きを止めた。
彼女の両目を覆う掌が酷く熱を持っていたのを自覚しながら、他と同じく彼女を洗脳した。坂田銀時と俺が成り代わっている。なまえは気付かなかった。それに安堵して、けれど何処か残念に思う感情が片隅にある。坂田銀時ではなく、俺という個人を見て欲しいとたまに存在している感情が、心というものが己自身に宿っていた。


「……渡したくないんだよ」


腕の中で眠るなまえに、限りなく小さく呟いた声は聞こえていただろう。次に目を覚ました時には、先程聞いた坂田銀時という名をまた忘れているだろう。それでいい。思い出す度に消せばいいんだ。それがいい。彼女からの拒絶の言葉は俺が聞きたくない言葉だ。
坂田銀時の代わりとしてではなく、いつの間にか己自身の欲望が俺には存在していた。


「いいだろう別に。一つぐらい。俺のものにしても」


お前は沢山のものを手にしてるじゃないか。分かっていた。作られた俺が烏滸がましい望みを抱いているのだと、それが如何に可笑しい事態なのかも理解している。ただ譲れないという思いの方が強かった。絡繰らしくないと自嘲するのは最早両手の数では足りなくて、そこまで考えていたのかと呆れもする。
だがもう引き返せない。現に今このかぶき町では、坂田銀時を探す洗脳された者達が行き来している。この町から出たなんてことはあの男には有り得ない、ならば見つかるのは時間の問題。策は打ってある。抜かりは無い。なまえを抱く腕に力が籠る。
いっその事、全て俺の思う通りに洗脳してやろうかとも思った。そうせずにこうも手間のかかる事をしたのは自分のエゴだ。前に坂田銀時に言ったように、心が無ェんなら俺にとって意味がない。坂田銀時の代わりではない、俺個人を見て欲しいというただそれだけの理由だった。
微かな身動ぎに気付いて見下ろせば、ふるりと長い睫毛が揺れる。目覚めの挨拶は何がいいかと考えてやんわりと笑みを作り、ぼんやりとした表情のなまえの視界に映り込んだ。


「……坂田さん…?」

「おはようなまえ。いい朝だな」

「……昼間のような気がするけど。後、なんで私は抱えられてるのかしら…?」


戸惑いの表情を浮かべるなまえに笑って、ゆっくりと手を離す。離れた距離が酷く寂しいと感じるぐらいには、絡繰であるはずの俺の感情は成長していた。
思い出そうと顎に手を置くなまえに、先程から嫌に大人しかった定春が擦り寄る。その頭を撫でるなまえを眺めながら自然と口は動いていた。


「坂田ってのは俺だけだよな?」

「…貴方以外の坂田さんは知らないわよ」


何が言いたいのかと訝しげな顔をするなまえに、何でもないと手で口許を覆う。歪んだ笑みは決して見られてはいけない。


2017/01/14