■ B

ワンッと聞こえたその小さな鳴き声は、お店の前から聞こえた。誰かに捨てられたのだろうかと、子犬が今にも衰弱死してしまいそうな嫌なビジョンが頭を過ぎる。お店に何か食べられる物があっただろうかと考えながら扉を開けば、そこには見たことない程に大きな犬が大人しく座っていた。正直な所怖い。坂田さんや土方さんぐらいの高さで(しかも座高)、真っ白で大きな犬だ。口なんて私を一呑みできそうな程に大きいと思う。いや、普通に怖い。


「……あ、え、捨て犬な訳はないわよね……?」

「ワンッ」

「ちょ、ちょ、待って。服を引っ張らないで…!ちょ、強い!流石に強いわね!」


その大きさもあってか、器用に服だけを食んでお店から引っ張り出された。本当に冗談じゃないぐらい強い。抵抗すればする程服を食む強さは力を入れ、このままでは服が台無しになると予感した私は、諦めてその行動に従うことにした。例え動物でも服を駄目にされたら怒る自信しかない。…腕は噛み千切られるかもしれないけど。


「どこ行こうとしてるの…」

「わふっ」

「ああもう、可愛いわね」


よく見ればくりくりとした大きな目に、綺麗に弧を描いたまろ眉。真っ白でふわふわな毛並みは触れるととても気持ちいい。大きくとも害はないと知れば途端に可愛く見えるのだから不思議だ。


「……いつもより騒がしいのね」


お店から通りへ一歩出ると、いつもとは違った町の賑わいに目を細める。昼から夜にかけて騒々しい町ではあるが、この賑わいぶりには違和感を感じた。そうして大きな犬に連れられて町を歩き、数分もしない内に察した。通り過ぎる人達のほとんどの手に、先程お店の中で眺めたお尋ね者のチラシを持っている。自称悪い人らしい銀髪の男が頭に過ぎり口角を緩めた。


「……なまえ?」

「え?」

「ああ、よかった。無事だったんだな」


金髪の方の坂田さんがいた。途端に何故か坂田さんの前に立ち塞がるようにして立つ大きな犬に首を傾げて、威嚇しそうな犬の背中を撫でてやる。…物凄く手触りのいい毛質をしてる、可愛い。手に擦り寄ってきた。可愛い。


「随分懐いてるんだな」

「ええ、十分ぐらい前に会ったばかりなんだけどね」

「神楽の犬だ」

「神楽ちゃんの?」


あの小さな少女がこんなに大きな犬を飼っているのかと思うと驚きしかない。いや、女の子は可愛いもの好きだから神楽ちゃんが飼っているのも頷けるのだが、食費や家賃でカツカツと言ってなかったか。…いや、それはまた誰か別の人の話だったような気もする。


「なまえ?」

「……坂田さんって」

「ん?」

「坂田銀時さんって言う兄弟いたりした?」


浮かべていた笑みは途端に消えた。喉が引き攣って声が出ないなんて初めてだ。
腰に手を当て顔を俯かせて後頭部を掻く坂田さんは、乾いたような笑い声を吐き出す。顔が見えない分、何だろうか。普通に怖い。何で笑ってるの。


「思い出した?」

「え?いや、この前も兄弟って言っていたから…」

「…あー、思い出してはねぇんだな。そっか、ならいい」

「あの、さっきから思い出したって言うのは?」


意味がよくわかっていないのに話を進めないでほしいと制止を促すも、坂田さんは少し困ったような顔をして歩み寄ってくる。大きな犬は警戒するように唸り声をあげ出して、どうすればいいのか分からなくなる。どうどう。怖くない怖くない。背中を撫でても落ち着きを見せない。どうしろっていうの。


「悪いな」

「?……っ!?」


警戒する犬を気にもせず、目の前で手を広げられる。内心首を傾げれば、バチリと頭の中で火花が散り体から力が抜けた。体は黒い着流しに包まれ、瞼が重く開けていられなくなる。


「……渡したくないんだよ」


呟くような小さな声を聞き返す前に、私の意識は無理矢理奪われた。


2017/01/06