■ A
日が暮れるよりも前。珍しくママから今日は昼に出勤してくれないかとお願いされた。準備を整えてお店へと出向けば、色彩豊かなそれぞれに似合った着物を着た従業員たちが待ち構えていた。いつもとあまり変わらない光景だというのに、驚き体を固まらせる。
「来たね、なまえ」
「これは一体どういう事なの?」
奥にいたらしいママに声をかけられ、詰め寄るように問えば、一枚の紙を目の前に突き出される。近過ぎて何が起こったのか一瞬わからなかった。というか顔に当たった。一歩下がって見れば、手書きで描かれた男の顔と外国でありそうなwantedの文字。
「……ママ、言いたくないけど馬鹿なの?ドラマの見すぎよ」
「金さんの友人がこの男にやられたらしいんだよ。で、見つけたら教えてくれって言われたのさ」
「坂田さんが…?」
「このビラも何百枚か刷ってあるからね。今日は店が始まるまで、オフの子達と一緒に配りに行くのさ」
なまえはどうする?とこちらに問いかけるママには申し訳ないが断ってしまった。お店の準備をしておくからと、少し無理な言い訳を添えて内心何故断ってしまったのかと自問する。ママは何も言わず、私の頭を撫でてお店の子達を連れて行ってしまった。
テーブルに置かれた紙には、つい先日見た銀髪の男らしき顔が描かれていて。よく特徴を捉えているなぁと無駄に感心してしまった。ソファーに座り紙を手に取り眺めれば、絵にも関わらずその死んだ魚のような目に不快な気持ちになったため、両目を二本の指で突いた。所謂目潰しというヤツである。
「お前は俺に恨みでもあんのか」
「っ!?」
「あー、悪ィ悪ィ、驚かせちまったな。ごめんって。ほーら、ご注文の銀さんですよー」
「……頼んでないわ」
「お、なまえちゃんのレアもんの動揺した顔頂きましたー」
唐突に耳元で聞こえた低い声に体が反射で逃げていた。両肩を抑えられて逃げることは叶わなかったけれど。あっさりと捕まってしまったのは私が弱いからか、それともこの男の手が早すぎるのか。
真上から見下ろしてくる男は、紙に描かれた男と同じ顔だったけれど、酷く疲れた目をしている。
「ほかの奴らは?」
「貴方を探して町を歩いてるわ」
「遂に俺にもモテ期が」
「冗談言えるぐらいには元気そうね」
へらりと笑う男に呆れてため息をこぼす。その銀髪に手を伸ばしてサラリと撫でてみる。下から見ているからか、思った以上に光に反射してキラキラしていた。何これ綺麗。
「あの、あのなまえちゃん、これは新しいお誘いの仕方ですか?流石なまえちゃんは誘い方がほかとは違ェな」
「何のお誘いかは知らないけど、綺麗だなと思ったのは本当」
「あー…、ホントそういうの上手いな」
顔を上げて頭を掻いた男を振り返る。死んだ魚のような目はやっぱり紙に描かれたそれとよく似ていた。少し笑ってしまう。
「そういや、俺ァお尋ね者なんだろ?言いに行かなくていいのかよ」
「…坂田さんも遂に目が可笑しくなったんでしょうね」
「は?」
「こんな頭の中まで天パな男の人に、坂田さんの友人がやられるなんて思わないもの」
「頭の中まで天パってなに?くるくるって言いたいの?銀さんに何言ってもいいと思ってない?泣くよ?」
「だったら私も、出会したその時にやられてるのにね」
口元を引き攣らせる男に笑って言えば、顔を顰めてぐっと顔を近付けられ目を丸くする。突拍子もない行動は誰かにソックリだ。…誰かって誰だと内心首を傾げる。
「そーいう男かもしんねぇぜ、俺は」
「あら、脅しにしては随分と優しい言葉ね」
「金時はお前にも目ェつけてんだぞ。知ってて黙ってりゃお前も、」
「貴方は自分の心配でもしてなさいよ」
ソファーから立ち上がり体ごと男に向ける。未だ眉を寄せたままの男に笑い、考える振りをするように口許に指を置く。意味なく視線をお店を巡らせて男に戻した。
「そうね。次にお店に来た時は、一番いいお酒を頼んでくれないかしら?」
「…お願いも上手いこって」
「あら、嫌い?」
「あーもー!クソっ!…何かあっても助けてやれねぇかもしれねぇぞ」
「もし必要になっても、貴方に迷惑かけないから安心してちょうだい」
心配性にも程があるお尋ね者だなぁなんて考えて笑う。悪い人なら私の事なんて気にしないのに、本当に馬鹿な男だ。
裏口を使えばいいと指さして、それに頷いた男の背中を見てふと気付く。男の名前を聞いてなかった。声をかけようとして、それは男がこちらを振り返ったことで止めた。
「助けてやれねぇかもってのは嘘だ」
「……」
「迷惑でも何でもかけろよ。惚れた女の我が儘なんざ、お願いじゃなくても聞いてやらぁ」
どこかで見たことのある背中だなぁなんて、見たこと無いはずなのに。途端に頭の中がぐるりと回転するような気持ち悪さにソファーに腰を下ろす。怪訝そうにこちらを見た男に悟られないように笑った。
「ね、名前は?」
「あ?あー、そうか。覚えてねぇんだもんな…」
僅かに目を伏せた男を見ながら、ソファーに預けそうになる頭を必死に起こす事に務める。深く息をついて何とか誤魔化そうとするも、痛みは増すだけで諦めて目を閉じた。
「坂田銀時」
「……坂田さん?」
「次に店に来た時は名前で呼んでくれよ」
坂田さんと似た名前だと思いはしたものの、不思議と違和感はなく、何故かしっくりくると思ったのだ。背中を向けたまま手を振る男を眺めて、ふと頭の痛みが消えているのに気付く。
坂田金時と坂田銀時。金と銀だなんて、どこぞの漫画のタイトルみたいだと笑ってしまった。
2017/01/02