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夜のかぶき町は一番活気があるが、それと共に危険もそこいら中にあるから気を付けなさい。とお店の子達に指導するママの言葉を思い出す。お店の子達を本当の娘のように扱うからママの人気は衰えないどころか慕う子達が増えている。とまあ余計なことまで考え現実を見据えた。


「そりゃ前に記憶喪失になったらとかそんな事言ったけど、こんな急に忘れられたら反応も何もできねぇよ。嘘だろオイ。新八も神楽もババアも俺のこと知らないとか言ってるから、まさかと思って来てみたら案の定だよ、こんな事あっていいのか。おいコラたま、どういう事だ」

「主役交代を狙うならヒロインを陥落するのは常套手段だと思いますが。銀時様の心の内を大きく占めている方なら尚更」

「やめろオイ。こっぱずかしい事言うな。お前は空気を読め」

「空気は吸うものだと記録していますが」

「書き直しとけ」

「了解致しました」


日が落ちるより少し早い時間。お店に行く途中に声をかけられ…いや、大声で呼び止められ何事かと振り返れば、凄まじい形相をした見知らぬ銀髪の男に両肩を掴まれた。驚きに固まる私をよそに、男は脇目もふらず「覚えてるか!?」と問いかけてきたのだ。戸惑いつつも知らない旨を告げれば、絶望したような顔をしてガックリと私の肩を掴んだまま首を落とした。首の骨を痛めたんじゃないかと思うほどに勢いがあった。大丈夫なのだろうか。
男は落胆したままの状態で背後にいた絡繰りらしき少女と話した後、ゆっくりと顔を上げる。


「……」

「……」

「……」

「……み、みつめあーうとー、すなーおにー」

「お喋りは出来るわよ」


掴まれたままだった肩の手を払い落としてため息をこぼす。まだ何か用があるのではと思って黙っていたのが悪かったのか、突然歌い出してどうしようかと思った。一瞬頭が爆発したんじゃないかと思ったぐらいだ。その天然パーマのように。


「あれ?何か馬鹿にされた気がする」

「その羽織り」

「あれ、無視?」

「その羽織り、どこで…」


男の肩には男女どちらもが使えそうなシンプルな羽織りが掛けられていて、私も見覚えのあるデザインのものだった。私が愛用している呉服屋の少しお高い羽織りである。あの明け方、初めて見た坂田さんを介抱して肩に掛けてやったものと同じもので。
そこまで考え、眉を寄せて首を傾げる。
坂田さんはそんなにまでお酒を飲む人だっただろうか?己の限界をしっかりと見極めている人ではなかっただろうか?あの日見た坂田さんは金髪だっただろうか?


「なまえさん、今一度ゆっくりと思い出してみてください」

「……思い出す?」

「あなたに好意を抱いていた方は、本当に坂田金時でしたか?」


絡繰り少女の言葉にガツンと頭を殴られたような気分になる。真っ白な紙に黒いインクが一滴落とされたような、じわじわとした痛みが広がり少しふらついた。目の前の男は少し慌てたように私を支えようと腕を伸ばして、それに体を預ける前に強く後ろに引かれた。


「なまえの調子が優れねぇみたいだからやめてくれねぇか、お二人さん?」

「テメェはっ、」

「生憎、なまえは女連れてる男の世話をする程野暮じゃねぇんだよ」


私の番犬かと言いたい程に威嚇する坂田さんが私の背中を支えていた。私は別にこの男と絡繰り少女に何をされたわけでもないのに、飼い主の気持ちを察してほしい。坂田さん待て、ハウス。


「なまえに飼われんのもいいかもしれねぇけど、俺はどっちかっていうと飼いたい方だ」

「馬鹿じゃないの」


カラカラと笑う坂田さんに呆れてため息がこぼれる。そんな事を言ってホイホイ飼われるのをOKする女だと思っているのか。だとしたら大変失礼な男だ、見る目が変わる。悪い方に。


「……洗脳してねぇのか?」

「勘違いすんなよ、兄弟。俺はなまえは好きだが、無理矢理俺を好きになってもらうのは粋じゃねぇ。心が無ェんなら俺にとって意味が無い」

「流石銀時様の捻じ曲がった性格を綺麗に真っ直ぐにした方ですね。口説き文句もバッチリです」

「俺を助けたいのか貶したいのかどっち!?」

「貶しながら助けたいです」

「真面目に銀さんを助けようか!?」


いつの間にやら蚊帳の外にされた気分になり、さっさとお店に行こうとため息をこぼして坂田さんの手から離れる。働いている私としては意味なくその場にいる暇なんてないのだ。坂田さんもちゃんと仕事しなさい。


「また店で、な。なまえ」

「ええ、お店で待ってるわね」


いつもの様に手を振った坂田さんに、私もいつも通り手を振って背中を向ける。その場を離れた後で起こった坂田さんと銀髪の男の衝突を、私はお店でお客様に聞かされることになり、今日一番の深いため息をこぼす事になる。
そう言えば、あの男の名前を聞いていなかった。


2016/12/28