■ アペリティフ
「俺と結婚してください」
「坂田さん…」
世にも珍しい銀髪の男に息をこぼす。最早請うようなその声音に眉尻が下がってしまうのがわかった。安心させるようにと緩やかに口角を上げて、男の顔に手を伸ばす。酒で赤くなった顔が更に赤くなったのは見間違いでは無いだろう。
「しつこい」
「期待したっ!今物凄い期待したっ!上げて落とされたよ!ホステス嬢スゲェ!」
「ありがとう。坂田さんの好きなフルーツ盛り合わせは如何?」
「最近俺の好みも理解してきて更に小悪魔度が上がってきてるな!」
「あら、じゃあいらない?」
「すいまっせーん!フルーツ盛り合わせお願いしマース!サービスの生クリーム多めでー!」
やけくそになっている坂田さんを眺めながら、もう随分と扱いが上手くなったなぁなんて他人事のように思う。ブツブツと何やら言っている坂田さんがチラチラとこちらを見てくるので、何も言わずに黙って見つめてやる。綺麗な銀髪をぐしゃぐしゃと掻き乱して、拗ねたように横目でこちらを見てくる様は子供のようで笑ってしまった。
「チクショー、俺の依頼料もほとんどここでパァになっちまう」
「そりゃ毎日の如くこんな所に来てたらお金もなくなるわよ。家賃とか払えてるの?」
「家賃はツケてるからな。食費が馬鹿になんねぇんだよあの胃拡張娘」
「家賃をツケなんて聞いたことないわ。追い出されないってどれだけいい家主さんなの?」
「妖怪腐れババア」
ソファに深く腰掛けて背もたれに頭を置き天井を仰ぐ坂田さんを一瞥して、ボーイからフルーツを受け取る。イチゴを口元にまで持っていけばその手を取られて、ニヤリと笑う坂田さんを目に映した。どこまで手が早いのかと呆れてしまう。
「なまえが俺の家まで来てくれたら通わなくて済むんだけどなぁ」
「ママが聞いたらブチ切れるわね」
「そりゃ怖ェな」
イチゴに齧り付いて笑う坂田さんに苦笑した。実際お客様とホステス嬢が交際を始める事が無い訳ではなかった。ただお店での態度とプライベートでの態度が一緒であるはずもないから、続くことの方が難しい。外面だけで判断するような男には引っ掛からないようにとはママの言葉で、そう口にした時のママは物凄く熱かった。一体ママに何があったというのか。
「坂田さんは、私みたいなホステス嬢より他にいい子がいると思うのだけれど」
「そりゃいるだろうな」
「こんな所でお金を使うより、もっと有意義な事に使いなさいな」
「金はともかく、なまえがいいんだよ。俺は」
真剣な声で、それと伴った顔をして私を真っ直ぐに見る赤色に目を瞬かせる。いつか見たその顔は、人を惹きつけるスキルでも持ってるんじゃないかと思うほどに目を離せない。
「今の俺がお前を諦めるとしたら、俺が記憶喪失になるかどっちかが死ぬかぐらいじゃねぇの」
「……どちらとも確率は少ないんじゃないかしら?」
「だろうな。だからまあ、諦める事を諦めてくれや。俺はなまえが公認する程しつこい男だからよ」
静かに笑ってお酒に口をつける坂田さんを見て、私もお酒をあおる。坂田さんがこちらから視線を外してくれてよかった。おかげで火照りそうになった頬の熱を、お酒で誤魔化すことが出来るのだから。本当にこの男は、世界が違えばホストが似合っていると思う。
「坂田さん、ヤバイわ」
「え?」
「ママに聞こえてたみたい」
「え゛っ」
ギラリと目を光らせて笑うママの姿を捉えたのは一瞬で。「ウチの看板娘と付き合いたいんならそれなりの誠意が必要だよ」とメニューをぶらつかせるママを前に、青ざめた顔をして口元を引くつかせる坂田さん。これ以上にママが巻き上げたら食費所では無くなるだろうと苦笑して、財布を抱えて震える坂田さんに助け舟を出した。
まあ、正直なところ。私の家を知っている癖に、わざわざお店に来てお金を払ってまで私に告白する男を、私は嫌いではないのだ。
2016/11/23