■ 具合でも悪いの?
ここ数日、驚いたことに坂田さんの姿を見ていない。お店にも、帰り道にもあの目立つ銀色を見た覚えがない。無意識のうちに腕を組んで考え耽ていれば、ママに軽くデコピンされた。
「気になるなら会いに行けばいいじゃない?」
「誰がっ!」
「まあ、いいわ。なまえがそんな調子じゃ、店の子達も五月蝿いからね。店にいる間は店のことに集中しな」
呆れたように笑うママに息をつく。でもママに言われた事は事実なので、仕事に集中するように両頬を叩く。赤くならない程度に。今は接待するお客様のことだけを考えよう。
「あ、銀ちゃんの好きな人アル」
「あ、ホントだ」
「…こんにちは?」
休日にスーパーへと買い物に行けば、菓子コーナーから出てきた少女に声を掛けられた。その後ろから出てきた眼鏡の少年もこちらを見て思わずと言ったように声を出す。無視は流石に駄目だろうと、疑問符ながらも挨拶をしてみれば二人揃ってこんにちはと返ってくる。あら、可愛い。
「ねぇ、二人って坂田さんの子供かなにか?」
「違うヨ!やめてヨ!あんなプー太郎が私のパピーなわけないアル!私のパピー黒髪でもっとふさふさネ!」
「さり気なく捏造するのやめようか神楽ちゃん!?海坊主さん可哀想だからね!?あと僕の父上でもないです!あんな父親御免こうむります!」
「……坂田さんの嫌がり方が半端ないわね」
この前から聞きたかった質問に、有り得ないと顔を歪めて勢いよく答えてくれた二人に口元を引き攣らせた。
「自己紹介がまだだったのよね。なまえって言います。クラブで働いてるの」
「銀ちゃんに聞いたヨ!このかぶき町の女王、神楽アル!よろしくネ!」
「志村新八です。僕も神楽ちゃんも万事屋で働いてます。一応銀さんが上司になります」
「かぶき町にこんなに可愛い女王様がいたのね。初めて知ったわ。新八くんはこの前少しだけ話したわよね。話しっていっても一言二言だけど」
神楽ちゃんのオレンジ色の髪を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めて、新八くんにも同じように手を伸ばせば照れくさかったようで遠慮された。可愛い。
「お前ェらいつまで選んでんだよ。一人一個だっつっただろうが…あり?」
「お久しぶりね。別のお店に可愛い子でも作ったのかしら?」
しばらく二人と話し込んでいれば、彼らの上司である坂田さんがひょっこりと顔を出した。私を見て何故か逃げようとしたので、その着流しを素早く掴んで留まらせた。新八くんと神楽ちゃんの「あの銀さんをっ」「凄いヨ!」とか言う声が聞こえた。お褒めに預かり光栄ね。
「最近来ないけど、具合でも悪かったの?」
「元気、超元気。神楽に『銀ちゃんストーカーっぽいヨ』って言われて反省中につき可愛いこと言わないでクダサイ」
「そう。声真似が恐ろしく下手ね」
わざわざ神楽ちゃんの声を真似て裏声を使った坂田さんにため息をついて手を離した。苦虫を噛み潰したような顔で振り返った坂田さんを見て、そこまで嫌ならと新八くんと神楽ちゃんに顔を向ける。
「坂田さんの機嫌が下がりそうだから私はここで失礼するわね。また遊びに来てね二人とも。サービスするわよ」
「本当アルか!?ひゃっほい!オロナミンC飲み放題ネ!」
「僕も神楽ちゃんも未成年なんですけど…」
「私に誘われたって聞いたらママも許してくれるわよ」
「そんな軽いノリでいいんですか!?」
新八くんの鋭いツッコミは何か癖になりそうだ。よしよと頭を撫でる。今度は拒まれなかった。
それじゃあとレジへと向かおうとすれば腕を取られ、後ろから引き寄せられる。新八くんが思わずと言ったように神楽ちゃんの両目を手で覆ってナイスと内心親指を立てた。
「機嫌が上がっても下がることはねぇけど?」
「人の顔を見て苦虫噛み潰した顔されたら誰だって機嫌を損ねたと思うわよ」
「なまえが会いに来てくれたってだけで最高に機嫌良いけどな」
「会いに来たわけないでしょ。たまたまよ」
「へぇ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる坂田さんに、久しぶりにため息がこぼれた。どちらを選んでも相手の口の上手さに負けてしまいそうで嫌になる。こちらも口で営業をしている身なのに。心配したのが馬鹿みたいだ。
「なまえも素直じゃねぇなぁ」
「面倒くさい?」
「その強気な態度ホント捩じ伏せたくなる」
「それ、いつだったか聞いたわ」
そろそろ本当に離れないと負けそうで嫌になった。未だ神楽ちゃんの両目を塞いだ新八くんにも悪いし、坂田さんへと体を向けて襟元を掴んで引き寄せる。半開きの目を見開く坂田さんの耳元に唇を寄せて、新八くんの小さな悲鳴を背後に口を開いた。
「またお店でね、銀時さん」
「っ、ホント…いーい女」
うっかり名前を呼んでしまったけれど、どうやら不意打ちには弱いらしい。良いことを知ったと小さく笑い、今度こそ背中を向けた。
翌日。お店が開いた途端に来店した坂田さんを見て、対応を間違えたかもしれないとため息をついた。
2016/11/15